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©︎igaki photo studio

『この家で − 이 집에서<in this house>』制作ノート【#03】
太田奈緒美

2022.2.10

かつて北前船の寄港地として栄えた当時の町並みが残る竹野町。
元船主邸・田中邸とその周りに広がる迷路のような路地を舞台に、美術作家の太田奈緖美らが田中邸の調査や竹野に住む方々へのインタビューを行い、人々の言葉や記憶、町の歴史を手がかりに、ブラタケノ運営委員会との協働で作品を創作。2021年2月、まち歩きをしながら巡るインスタレーション・パフォーマンスとして発表しました。

竹野の皆さんとの出会いからリサーチ、パフォーマンスの創作・発表にいたるまでの制作レポートが届きました。
太田奈緒美さんの視点で振り返るプロジェクトの過程を、連載として複数回に分けてお送りします。
2月の滞在制作まで

帰宅後にリサーチ内容を海外チームとシェアしつつ、ひととまるでのパフォーマンス構想を考えていく中で、但馬ジャズコミュニティでサックスを演奏されている田村さんが一番好きな歌だという井上陽水の「海へきなさい」が思い起こされました。竹野で産まれ育つ子供たちへの言葉としてあるかのような美しい歌詞の引用と、田村さんのサックス生演奏でのエンディングという光景が確信的に浮かび、「ひととまる」の会場使用と田村さん参加の承諾をいただきました。KIACチームが各区長さんへの説明を含め、企画と町を丁寧につなげてくださることで、プログラムへの田村さんと石丸望さんによる絵やイラストの提供や、飲食店のサービスメニューの考案など、プロジェクトが竹野の人々と関わりながら育てられていく感覚が増していきました。

11月後半に海外チームの2月来日は不可能であると判断し、リモート参加が決定しました。どれだけ情報を共有しても、私というフィルターを通しているものである限り、彼ら自身の体験とはなりません。考えをめぐらせた上のアイデアは、竹野を体験しておらず、異なる文化背景を持つという正直な視点からノットルがテキストを起こし、パフォーマーの朗読をオーストラリア組とコラボレートして、5つの井戸に設置するサウンドインスタレーションを制作するというものでした。これに伴って、田中邸とひととまるの各パフォーマンスのテキストは私が書くこととなりました。

12月に入り、KIACより日本人パフォーマーを何名か提案していただき、竹野で集めた言葉に伴う所作や表情が想像できた方々に連絡をとってもらいました。ひととまるパフォーマンスは落ち着いた風情と凛とした美しさを感じた竹野を訪れたこともあるダンサーの増田美佳さんに連絡し、ご都合も良くすぐに決定しました。田中邸の方で最初に連絡した女性は予定が合わず、どなたに声をかけようかと悩む中、かえって男性の方がしっくりくると思い直し、趣のある佇まいを感じた俳優で御神楽の嗜みもある岸本昌也さんに連絡して承諾をいただきました。大八車を曳いて井戸を巡る人に関してはKIACといろいろ検討していましたが、やはりパフォーマーに依頼しましょうという流れになり、2020年の豊岡演劇祭で竹野を舞台に作品をクリエイトした、土地勘もありダンサーとしての身体性を持つ京極朋彦さんを紹介していただきました。

年末まではビジュアル関係の制作とテキスト草稿の同時進行をし、山崎さんはデモ音の作成や田中邸の照明テスト、KIACは広報関係をすすめ、先の見えぬコロナ事情はさておき、着々と創っていっている一体感をとても心強く思いました。映像記録については、竹野での企画をすでに体験している映画作家の波田野州平さんにお願いすることになり、12月最終週にはパフォーマーを交えてのZoomミーティングを行って年越しを迎えました。



田村さんの風景画掲載のチラシ
年明けは4日の吉田さん参加の海外チームとのミーティングではじまりました。ウォンさんが悩み抜いた上、韓国の詩人による井戸にまつわる5編の詩が提案され、新羅の初代王は井戸端で生まれたという神話をなぞらえて、新羅国があった慶州の聖域である山中でのノットルのパフォーマー、イ・ウナによる朗読の音源がオーストラリア組に送られました。私が手一杯だったことで、日本語訳と朗読はKIAC滞在経験のあるメルボルン在住のダンサーで、ティムたちの義理の娘でもある益川結子さんに引き受けてもらいました。オーストラリア組のサウンド制作は、時間的なこともあったでしょうが、山崎さん提供の音源と二人の朗読の編集にとどまりました。企画への想いの差があるのもリモートコラボレーションの難しさです。

田中邸パフォーマンスのテキストは、おもしろく感じた数字的なことと、様々な時代や季節の「ただいま」「おかえり」のエピソードを軸にすすめました。「竹野には三十三つ(さんじゅうみっつ)の神社(かむやしろ)。じゃじゃ山には三十三つの観音さま。七つの井戸には七つのお地蔵さん。」という、パフォーマンスで幾度か繰り返す唄のようなフレーズは、書き出してすぐに浮かんできたものでした。ひととまるの方は、竹野へ嫁ぐ女性と女の子が出会うはじまりと「海へきなさい」の言葉と田村さんのサックスによるエンディングの間に、インタビューで収集した子供時代の遊びや女性たちの話、地蔵盆の歌などを織り込んでいきました。與田さんによる方言アドバイスを経て、1月半ばにようやく増田さん、岸本さんにドラフトを送り、電話で補足説明や衣装の相談などができました。衣装候補であった母のクローゼットを整理していて発見した手作りのワンピースと故人である父の羽織りが結果的に採用になったことは、「家」というテーマに誘引されて個人的な「家」のアイテムが思いがけずも呼応したように感じました。

テキスト以外にも、京極さん、田村さんとお話ししたり、2月の滞在までの作業は山積みでした。KIACは井戸を標したクリアファイルの作成など広報関係を詰めていき、舞台監督の小林勇陽さんは全体のスケジュール調整をし、山崎さんは田中邸の床下貯蔵庫に設置する音源を制作し、と進められていく事項の確認メールにも追われ、何度も誰かしらの口にのぼった「これは滞在制作の試演会ですよねぇ。」という言葉はもはやジョークのようになり、本公演さながらの準備期間でした。後日「あおり運転されている気分でした。」と言ったほど追われている感じでしたが、プロデューサーの吉田さんが全体を見渡して進めてくれなければ、短期間にあれだけのことはできなかったかもしれません。

告知に関しては、1月25日から豊岡市回覧板での広報、2月1日の市長定例会見での発表が予定されていました。1月13日に兵庫県に発令された2回目の緊急事態宣言の解除が期限である2月7日以降に延長された場合も、日中のイベント開催が可能な限り実施する方向ではあったものの、SNSなどでの告知は慎重にならざるを得ませんでした。私を含めた都市部や県外からのメンバーはPCR検査を受ける予定でしたが、広く告知をする以上は県外からの観客を断ることはできません。竹野の方々と相談しながら状況に応じて判断していくということで、当面は近域への広報をメインに行っていきました。

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太田奈緒美
メルボルンを拠点に国内外で舞踏、ダンス、演劇、学祭的分野などでコラボレーションを行ってきた美術作家。現在神戸在住。自然や情緒的風景、遠い記憶から導き出される作品は、繊細なディティールから空間インスタレーションまで幅広い。京都市立芸術大学大学院・オーストラリアRMIT大学PhD修了。