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ーきゅうかくうしお的醸すin城崎ー 滞在日記【5】
きゅうかくうしお・矢野純子

2022.9.6

パフォーマンスユニット「きゅうかくうしお」のメンバー9名が、2022年1月23日~2月5日城崎国際アートセンターに滞在し、リサーチと新作のクリエーションを行ないました。作品のテーマは「醸す」。
自由につくることに集団として向き合い、各メンバーの視点で作品化された「醸す」が空間内で交わる新作「KU的醸すin城崎」は、観客が各作品を自由に鑑賞・体験できる形式をとり、様々な「醸す」についての考察を体験者に促すインスタレーション作品です。
2022年2月4日(金)に予定されていた試演会は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となってしまいました。この連続エッセイでは、滞在制作の様子や城崎で感じたことを、メンバーのうち石橋さん、河内さん、辻本さん、松澤さん、矢野さんの5人にそれぞれの視点で綴っていただきます。
滞在日記【5】は、矢野純子さんによるエッセイです。

はじめに


城崎に滞在していた2週間で、「これは醸しているかもしれないな」と感じる瞬間が何度かあった。

誰か(または何か)との間に”良い感じ”が滲み出ている風景。
その”良いな”という感情が自分の中から湧き出てくる状況。
それは狙って得たものでは無かった。

滞在中、私は「流れに身を任せて自分の感覚に従う」ということを心がけた。
日常生活で意外と難しいこの姿勢は、どこかで「醸す」に繋がるのかもしれない。

そんな示唆を得た「私的醸すin城崎」を書き起こしてみる。

 

城崎に辿り着くまで


私はきゅうかくうしおで宣伝美術を担当している。
宣伝美術の仕事は舞台公演のチラシなどグラフィックデザインが主だが、きゅうかくうしおは「メンバーの役割を固定しない」ので、領域外のこともやったり提案したりしている。

きゅうかくうしおとは何なのか、説明が難しい。
クリエーションのモチーフが「自ら」だったり、メンバーのタイプや関わり方もバラバラだったり、しんどいことも多い。
大前提は「踊り子2人が立ち上げたパフォーマンスユニット」であるが、「“きゅうかくうしおとは何か”を考え続ける集団」とも言える。

この“よく分からないきゅうかくうしお”の活動は大変だ。
私は、その難しさへの挑戦にきゅうかくうしおの面白みがあると思っているが、コロナ禍でのクリエーションが重なる中で疲れや歪みが重なり、我々は良くない状況に陥っていた。

そんな中、城崎で制作する次回作のテーマに「醸す」という言葉が掲げられた。

城崎での2週間を有意義に過ごすため、私はメンバーの松澤(映像)を誘い、発酵食品や医療、環境保護、などジャンルを問わず「醸す」に関わる人たち計10組に話を聞きに行った。(*1)
この事前リサーチで、「急がない、逆らわない」「俯瞰で見る」「自分の考えを持つ」といった「醸す」を生み出すキーワードや、「自然発生的な持続性」など、「醸す」とは何かを理解するヒントを得た。

それらを活かすため私は今回、流れに身を任せてクリエーションをしようと、具体的なイメージや目標を敢えて持たずに城崎に入った。我々が醸されるところまでいけなくても、分解まではできれば、と。

 

城崎でのリサーチ


2022年1月23日の滞在初日、城崎近郊の「醸す」人達とのトークセッションに参加し、私は竹野の(有)花房商店の花房さんの話を聞いた。
事前リサーチで麹屋や醤油ソムリエの取材をしていた私は、同じ醤油づくりでも手法や大切にしていることが異なる点に興味を持った。醸している何かは、その複雑さや見えなさゆえに、解釈もそれぞれで正解も無いということかな、と思った。

photo by Daichi Asakura

翌日からの1週目はリサーチに充てた。
芸者さんの視点で城崎の町の歴史を聞いたり、罠猟に立ち合い鹿の解体を見たり、この町の「循環」の一端に触れた。毎朝のメンバーとの手繋ぎ散歩や午後のKIACでのワークを通して、メンバーの動きを観察しながら、自分の中から何かが出てくるのを待ってみた。



当初ひとつのパフォーマンス作品をつくろうとクリエーションを重ねていたが、試演会に向けてメンバーそれぞれが考える「醸す」を個々に作品化する、という方向が決まったのは、滞在中唯一のオフ日の前日だった。

滞在後半の作品づくりに向けた頭の整理も兼ねてどこか遠くへ行こうと、私はオフ日に鳥取行きの電車に乗り、何となく浜坂駅で降りた。海が見たいというのもあった。
散歩していた海沿いに「新温泉町 山陰海岸ジオパーク館」を見つけふらりと入る。
館内で玄武洞や山陰海岸の特殊な地形の成り立ちや、石や砂の種類・性質について等、スタッフの方から展示の説明を聞いていた。そこで興味深い言葉を聞く。



 



「全ては宇宙と原子なんだ」


それまでの数ヶ月間、「醸す」について聞いたり考えたりしていたことが、そこに集約されている気がした。それは人間関係にも言えるのでは。何よりも自分の世界の見え方に合致していてハッとした。自分の興味関心を素直に肯定しようと背中を押された。

何かを突き詰めたり俯瞰で眺めたり、個人と向き合ったり集団単位で考えたり、対象との距離を切り替えながらその全体像を受け入れてみる、その行為を作品に出来ないかと思いながら、城崎に帰ってきた。

 

作品への落とし込み


翌日からのクリエーションで、宇宙と原子を行き来する映像と、きゅうかくうしおのメンバーをキャラクター化して関係性の変化を表すアニメーションを作成した。
この映像を会場内でどう伝えようか考えた時、頭でなく身体が反応してしまうような音が欲しいと思った。

メンバーが全員集まった日の夜、KIACのホールで音楽を流して皆が自由に踊っていた醸され感を思い出し、4つ打ちの音を作ってみた。音は、空間を分解したり繋いだり変化させたりもする、なんだか酵母菌のような存在だと思った。

会場全体に音を流し、重ねた2つの映像を鑑賞者が壁面の好きな位置に投影できる装置を、私なりの「醸す」として作品にしてみた。

各自の作品がKIACのホール内に配置された「KU的醸すin城崎」は、個々の作品も空間全体も、きゅうかくうしおが考える「醸す」である。ここに訪れた人の中に、それぞれの「醸す」の解釈が生まれたら面白いな、そんな作品が完成した。


これから


我々は今、城崎で生まれたこの作品を実演する方法を模索をしている。

「醸す」について考えることは、情報過多で常にスピードや成果を求められる日常において、ふと立ち止まったり、何かを“続ける”きっかけを与えてくれるのではないか。
そんな機会をどこかで提案してみたい。

ところで、きゅうかくうしおは城崎で醸されたのだろうか。
正直まだ分からないが、少しは分解できたように私は感じている。
無理はせず、醸されるように環境をつくりながら、続きを観察してみようと思う。

終わり




photo by bozzo

photo by bozzo
 
 

きゅうかくうしお 矢野純子/宣伝美術
沖縄県東村出身。大学でデザイン専攻後、都内の制作会社にデザイナーとして3年勤務後、事業会社にてマーケティング、販促企画、デザインディレクション等を担当。会社勤務の傍ら、2009~2010年に辻本知彦作品の宣伝美術担当。以降、各種ダンス公演・演劇の宣伝美術やイベント共同企画等、作品のビジュアルイメージ創作からウェブSNS運用までメディアを問わず舞台の情報発信に携わる。


*1 きゅうかくうしおウェブサイト内「きゅうかくうしお的醸すプロジェクト」ページにてインタビュー内容公開中