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小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』ワークインプログレス photo by bozzo

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』KIAC滞在レポート③
深澤しほ

2023.9.30

2023年7月19日(水)~8月7日(月)の約3週間、KIACで滞在制作を行った、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』
参加メンバーの滞在制作レポートを4回に分けて掲載します。
第3回は、俳優の深澤しほさんです。
「心身ともに健康な生活を送るには…」「心身ともに健康な状態を維持し…」「応募条件:心身ともに健康な方」。この言葉を実践することの困難さは、実家を離れ一人暮らしを始めた大学時代から今に至るまでの間に、年々色濃く自分の生活に迫ってくる印象がある。
都会での生活を続けるために、俳優を続けるために、誰かを傷つけないために、自分を守るために。様々なレイヤーで、“心身ともに健康”という言葉が顔を覗かせてきては、「いまはどう?」と問いかけてくるが、心と身体がバランスよく健康に保たれていることをはっきりと自覚しながら過ごすのは、維持しようと努力するのはものすごく疲れる。なんとなくSDGs、ウェルビーイングなどと検索してみても、それらはやはり理想や達成目標であるから、そうなるための答えは書いていない。
だからたいていは心身ともに健康、のバランスを探してはいつのまにか崩していて、惰力と勘に身を任せながら「たぶんいまは大丈夫!」と気を張っている。病は気から、なんていうから、気を張れる余力があるなら健康ということで良しとしている。
今振り返ってみれば、滞在終了当時におそらく「心身ともに健康」だった私が「素晴らしい滞在の日々を自分のために記録に残したいのでなんか書いてみます、」とクリエーションのためのグループLINEで宣言してしまったので、すっかり当時の健康状態からはかけ離れた「心身ともに低迷」気味な私が過去の自分との約束を果たすべく、書いてみることにする。

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』ワークインプログレス photo by bozzo

2023年7月19日に滞在の初日を迎えたこのチームは、参加メンバーの個々の事情を考慮して途中合流可能なスケジュールで準備されていた。私はクリエーションに7月25日から参加して、この日は私だけでなく他に2名が合流した。この時点でもまだ参加メンバーは全員揃っておらず、7月30日を迎えてやっとメンバーの全員が顔を合わせることになる。
私が城崎国際アートセンター(以下、KIAC)に到着したのは7月24日の午後で、この日は心身ともにかなり疲れていた。7月は仕事と私用をめいっぱい詰め込んでいて、城崎に行く前にこのままでは心がまずいと思い、無理矢理時間を割いて元気がもらえる人の元をひたすら訪ねていた。
一方、身体の状態はというと、もともと食に対して興味関心が向かないので城崎入りまでの1週間は、朝はグラノーラ、昼は無しか飴、夜は大根スティックのみという、ストイックとかそういう言葉よりも、情けない、という言葉を投げつけたいくらいに全く意志のない食生活を送っていた。

今回の滞在では昼と夜の食事を用意してくれるシェフ、太田さんがいて、キッチンに並べられた料理たちをビュッフェ形式で各々取っていくスタイルで食事が始まる。私が到着した日の夜のメニューはスパイスカレーだった。
話は少し逸れるが、美味しいと思ったことはあっても、食で感動をした経験というのは数えるほどしかない。ここ数年で記憶にあるのは2021年の冬に京都のタルカで食べた、白いソースがかかっていてカラフルな粒々が乗っていた料理だ。
スプーンを口に運んで舌が受け取った「味ッ!!!」という味覚信号の勢いは今でも覚えている。漫画やアニメのひらめきの表現にあるような、こめかみあたりに心電図の波形の明滅を感じるような、そんな体験だった。
そして今回、太田さんのスパイスカレーは私の食の感動体験を更新し、それはこの滞在における私の健康への扉が開いた瞬間でもあった。毎日2食、つまり毎日2回も新たな体験の楽しみが約束されていることに、身体はもちろん心の状態も、今回の滞在でクリエーションに取り組むためのモチベーションが上がった。

この日から滞在終了までは驚くほど食欲を取り戻し、それによる活力と、栄養素が身体を回復してくれるであろう信頼から、クリエーションの最初に必ず行われる有酸素運動プログラムのボディコンバットも、筋肉痛が気持ちいいと感じるほど全力で取り組み、滞在期間中にオフの日があれば、汗をかかずに1日を終えることに疑問を感じてK-POPの振り付けを完コピするというミッションを自分に課し、ひたすら踊っていた。
KIAC周辺には温泉街もあるから疲れた身体は温泉が癒してくれるし、町の中を観光客に紛れて自転車でのんびりまわることは心の癒しでもあった。一人になって集中したいときはKIACのロビーにあるワークスペースで時間を過ごせるし、宿泊のために割り当てられた部屋の快適さ、そして施設自体の清潔に整えられた環境のおかげでKIACに到着してから自分の居心地の良さを見つけるのに時間はかからなかった。

ここまで、自分の身体と心についての健康を振り返ったが、創作環境におけるチームの健康についても考えたい。
例えばオーディションで「応募条件:〇歳以上の心身ともに健康な方」という文言を目にするが、応募条件で個人の健康を求めておきながら、用意された創作環境が不健康な場合がある。新しく創作に臨むとき、これから参加しようとする集団について悪い話を聞いたことがなかったとしても実際にその場に身を置いてみないとわからないことも多く、その集団が身体的・心理的に安全であるかを予測することは難しい。また、参加する個々人が創作開始前に健康だったとしても、創作環境の悪い状態が続くのであれば健康を維持していくことも続かないだろう。そして、わたし個人の思いとしてはっきり言えるのは、自分がこの” 健康な方 ”に当てはまるだろうと考えて応募することは、打たれ強い精神を持つことの表明ではないし、劣悪な環境に耐えうる肉体を持つことの表明でもない。(想像するに応募条件の書き手もたいして深い意味でこの文言を書いてはいないだろうが、ここまで考え始めると書き手は何をもってわざわざ「健康な方」と書くのか問いたくなってくる。)
稽古場における健康については、個人の健康状態の相性が合わない場合もあるだろう。Aさんが「この環境は健康的だ」と感じてのびのびと過ごせていても、そのAさんの振る舞いはBさんにとっては居心地が悪いものかもしれない。こんなふうに想像を巡らすだけでも、新しい環境でそれぞれが心身ともに健康で居続けようとすることには様々な困難があって、自分だけでなく参加する人への健康も気遣いながら創作環境のあり方を考える必要があるのだと思う。健康だからどんな環境でも大丈夫、なんてことはなくて、双方が健康なら、新しい環境でおこるであろうストレスを想定しながら、お互いに健康を守っていこうとする姿勢を持ちたい。

この困難さは、これまで私が参加してきた作品での経験を通して身に沁みて感じてきたことで、思い出すには気持ちが沈むような場面がアルバムのようにそれぞれ記憶されている。そして自分が感じてきたことだけではなく、自分の心身の健康を守るためにした私の振る舞いが、誰かの心身の健康を奪っていた可能性についても同時に考える。

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』ワークインプログレス photo by bozzo

今回、KIACでのスペースノットブランク(以下、スペノ)が参加者に用意した稽古環境は、食事の管理や稽古のタイムスケジュールやその内容がとてもバランスよく組み立てられていて、数日経ってから「稽古ってこんなに快適でいいんだっけ?」と少し罪悪感を持つほどだった。おそらくこの罪悪感は、稽古場は心身ともに消耗される場所だという無意識的な刷り込みからきているのだと思う。創作を快適に、ということを超意識的に実践していたスペノの意志を抱えられるだけ受け取り、稽古の終盤では健康体を自覚できるほどになっていた。(この快適さの実践は、参加者である私たちに向けて、というだけでなく、スペノの2人も心身ともに健康でありたいという表れでもあると思う。)

城崎から帰京しすっかり大根スティック生活に戻った私は、やはり健康であることは続かないと思い知る。KIACでの日々とこれまでの日々をやっと振り返れるようになったいま、とりあえずここまでは整理できたとして私はどうしたらいいんだろうと、私もみんなも健康であるにはどういう態度でいたらいいのかと、最近は現場に入るたびにそればかり考えている。つまりここまで書いておきながらこの問いに対する明確な答えを出せておらず、私はまだ漠然と、その実践の途中にいる。

『言葉とシェイクスピアの鳥』の本番は2024年の1月で、11月からは東京都内での稽古が始まる。また新しい環境で、夏以降各々の生活を過ごして冬に再集結するこのチームは、1月に向けてどのように歩みを進められるだろう。みんなが健康であってもそうでなくても、とにかくまたメンバーに会える日が待ち遠しい。

この文章を最後まで読んでくれたあなたも、どうか無理せず、健康だと言えなくても自分に優しい日々をお楽しみください。私もそうします。そしてもし良かったら、1月に吉祥寺シアターでお会いしましょう。


深澤しほ
1990年生まれ。俳優。映画美学校修了後、演劇カンパニー[ヌトミック]に所属。近年の出演作として舞台作品に、松田正隆『文化センターの危機』『シーサイドタウン』(作・演出:松田正隆/ロームシアター京都)、映像作品に『春原さんのうた』(脚本・監督:杉田協士)、『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』(第3話)などがある。今後の予定として、ヌトミック『辿り着いたうねりと、遠回りな巡礼』(愛知県芸術劇場)の上演、『4つの出鱈目と幽霊について』(脚本・監督:山科圭太)の公開が控えている。


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