ARTICLES記事

『Islands』クリエーションの様子 photo by Wei-Sheng CHEN

ワン・ユーグァン+ダナン・パムンカス『Islands』稽古場公開報告

2024.3.19

2023年12月22日、台湾を拠点に活動する振付家のワン・ユーグァンとインドネシアのダンスアーティスト、ダナン・パムンカスによる『Islands』の稽古場公開を実施し、パフォーマンス上演に加え、作品の成り立ち、舞台美術や舞台照明のクリエーションについてのお話を伺いました。後半は参加者も舞台で使用される舞台美術の素材を実際に触る時間や、台湾茶をいただきながら質疑応答も行いました。

(トーク通訳:新田幸生/文字起こし・編集:竹宮華美)
ワン・ユーグァン photo by Wei-Sheng CHEN

ワン・ユーグァン(以下、ユーグァン):ワン・ユーグァンと申します。今日は大雪の中、ご来場いただきありがとうございます。私は2019年にアーティストのリー・インインさんと一緒に微光製造(Shimmering Production)というダンスカンパニーを始めました。カンパニーを作ったきっかけは二つあります。一つ目は新しい作品を作るため、二つ目はいろいろなところへ行き、現地の方と一緒に踊るプロジェクトを行いたいと思ったからです。今回のKIAC滞在中も、劇場の中で新作のクリエーションを行うだけではなく、芸術文化観光専門職大学の学生や、地元の方と一緒に行うダンスワークショップを開催しました。

芸術文化観光専門職大学でのWSの様子 photo by Wei-Sheng CHEN

『Islands』制作秘話

ユーグァン:台湾の南東にすごく小さい蘭嶼という離島があり、そこで働く漁師の間に語り継がれている伝説がこの作品を作ることになった最初のきっかけとなっています。その伝説は「海にいる大きな魚の背中には必ず漁師の名前が書かれていて、とても幸運な漁師はいつか必ず自分の名前が書かれている大きな魚に出会うことができる」というものです。私はずっと釣りが好きで、その伝説がすごく美しいので、いつか私も自分の名前が書かれている魚に出会いたいと思っていました。その後、若い時に所属していたクラウドゲートダンスカンパニー(雲門舞集)が台湾のアーティストを対象に実施している、アジア地域に60日以上の旅行に行くための助成金があり、それを利用してインドネシアへ行きました。その申請書で私は「インドネシアで自分の名前の書かれた、自分と同じ体重の魚と出会いたい」と書きました。

ダナン・パムンカス photo by Wei-Sheng CHEN

ユーグァン:今回、参加しているダナン・パムンカスさんはインドネシアの伝統舞踊のダンサーで、私の親友です。15年前に私とダナンさんはクラウドゲートダンスカンパニー2に在籍していて、その時からの知り合いで、先ほどの助成金を利用してインドネシアへ行きダナンさんと再会しました。滞在中に私たちは生活のことやダンスに対しての考え方、これから何をやりたいかなど、いろいろな話をしました。印象に残っているのは現地で見た伝統文化、寺や建築物、それからスパイスの匂いなどです。その記憶は今でも覚えています。また、滞在中に一番強く感じたのは、インドネシアの人はすごく伝統文化を大切にしているということです。だから私は台湾に戻って「私は誰?台湾の伝統文化とは何?私の国のアイデンティティとは何か?」というさまざまな問いが生まれました。その後、すぐに私はダナンさんに連絡をして、この作品を作ることになりました。


『Islands』舞台美術の実験について

ユーグァン:美術家のグァンリン(Chen Guan-lin)さんと最初のミーティングで、客席は普段の上演のように高い位置から見下ろす位置ではなく、KIACにある平台を使って、舞台と観客の目線を同じ高さにして、作品を作ってみたいというアイディアが生まれました。事前にKIACスタッフに黒色の平台を使いたいと伝えていたので私たちが劇場に到着したときには、既にKIACの劇場スタッフの方々が黒い平台を舞台に設置してくれていました。ただ私が劇場内で黒色ではなく木材色の平台を見つけたので、ダメもとで黒い平台から木材色の平台に変更できるかを尋ねて平台を変更しました。実は交換作業に4時間くらいかかると思っていたのですが、まさかの30分で作業を終えることができました。これは今回の滞在制作の初日の話で、私たちのチームメンバーは日本の劇場の効率の良さに驚き、尊敬の念を抱きました。

作品の中で使用していた巨大なビニール袋の風船は、KIACに到着してから自分たちで制作しました。大きすぎて台湾の家の中では制作することができず、KIACのような大きなスペースでしかできない実験でした。風船が膨らんだ後にしぼむ時間の流れとか、硬さや柔らかさを調整するということを行いました。KIACでの最初の1週間は、風船の空気入れの実験にかなりの時間を費やしました。私にとって作品作りの中で一番大事なのは時間と空間です。素晴らしい空間と贅沢な時間をいただいたKIACの皆さんには本当に感謝しています。素晴らしい時間と空間以外にもプラスアルファで、素敵な雪景色と素敵な温泉も楽しみました。

『Islands』試演会 photo by Wei-Sheng CHEN

さて、先ほどパフォーマンスで使用していたビニール袋ですが、皆様はどういう見え方をしましたか?例えば、海や島、もしかしたら石にも見えるかなと考えていました。ただ、石を表現するときにすごく難しいのは、素材的に軽いビニール袋でどうやって重さのある石を表現できるかということです。私たちは解決策として、ビニール袋の中に劇場内にあった砂の重しを入れて、高いところから落として、落ちた瞬間の音で重さを表現するという方法を考えました。そして落ちた瞬間は石ですが、次の瞬間には、もしかしたら柔らかい海や他のものにトランスフォームできるかもしれないと考えました。その時に重要だった実験がビニール袋の結び方です。どのようにビニール袋を結べばダンサー二人がこれを解いて次のシーンに行けるかを考えました。他にもダンサーがビニール袋を持ちながら歩く瞬間に風を出してもらって、海風のように見えるようなシーンも考えました。


『Islands』舞台照明の効果について

ダンサーの動きとビニール袋の音に合わせて、波のような瞬間や風を作ることもできました。しかし、それだけだとただのビニール袋にしか見えないので、劇場の中で照明を使って朝日が出る瞬間の海に光が反射されたように見えるシーンも作りました。

『Islands』試演会 photo by Wei-Sheng CHEN

現代はインターネットやメディアがたくさんあり、すぐに検索・閲覧できたり、コピーアンドペーストが簡単にできる中で、私は劇場にいる意味は何かということを最近ずっと考えていました。だからこの作品の最後のシーンは、上演中の時間の流れの中で、誰もいない舞台上を観客と一緒にみて、この島にどのような変化があったか、雲や太陽や光がどのようにできたかということを一緒に共有したいと思っています。この作品のラスト5分間の目標は、観客と一緒に、手作りでできた誰もいない自然の風景を一緒に見ることができるように考えました。

『Islands』は今年いろいろな場所で滞在制作をしました。インドネシア、ロンドン、そして城崎です。不思議なのですが、インドネシア滞在時は40度の暑さで、城崎は0度と、40度も温度差がありました。この温度差が作品により立体感を生み出したと思います。なぜ温度差が大事かというと、さっき皆さんがみた舞台上の雲(スモーク)は、劇場の温度管理や湿度管理をすることで実現できるものです。だから多分今日見ていただいた上演は、今いる城崎の劇場の中でしか出来ない状態になります。この作品は2024年10月に台湾の台北の国立劇場で初演を迎えますが、台北でもまた温度湿度の完璧な設定を実験する必要があります。
最後に、先ほど話した私と同じ体重の重さの魚を探すプロジェクトは結局失敗しました。私が釣った魚は私と同じ体重ではありませんでした。でも、魚を探す旅の途中で再びダナンさんと出会いました。ダナンさんは多分、私と同じくらいの体重だと思います。ダナンさんは私が探している大きい魚だったかもしれません。(笑)


参加者とのQ&A

質問:美しい作品だと思いました。私の思い込みかもしれませんが、神話的なものがベースにあるのでしょうか?

ユーグァン:この滞在でいくつか実験した振付があるのですが、最後のパートで二人のダンサーが踊っているシーンは、現代美術の哲学があります。
ダナンさんのソロのシーンですが、彼の身体訓練は主にインドネシアの伝統舞踊で、そういった踊りは王様の前や住んでいる場所でパフォーマンスすることが多く、身体のラインや角度へのこだわりが強くあります。今日見た上演で思われた神話感は、インドネシアの伝統舞踊の要素と現代美術的な哲学から生まれたものかもしれません。ただ、この作品の他のシーンにはもう少しユーモアのある面白くスタイルの違ったシーンも入っていたりします。私にとってこの作品の雰囲気は、最初に皆さんが見た何もない真っ黒な風船のような抽象的な感じです。この作品の中には極端な二つの面があります。一つは真面目に踊るシーン、もう一つはダンサーがまるで子どものように遊んだり、鬼ごっこをしたりといった遊び心があるシーンです。これは私の島に対しての想像ですが、島というものは、島自体ではなく海の変化によって島の形自体が変わるので「これが島」という正解はないと思っています。だからいつでも変化していくというコンセプトです。みなさんもご存知かとは思いますが、山脈も島と同じで、海があるかないかの違いだけです。この作品のそれぞれのシーンの中で、島の変化を探求したいのです。例えば柔軟性がある柔らかい島、硬い島と、さまざまなバリエーションが集まってこの作品になっています。

左から、Yin-Ying LEE、Danang Pamungkas、Yeu-Kwn WANG、新田幸生、Shih-Wei WANG、Joanne SHYUE、Guan-Lin CHEN  photo by bozzo

観客:なぜビニール袋は黒色を選んだんですか?

Chen Guan-lin(以下、グァンリン):実は2022年に台湾南部の高雄でこの作品のプレゼンテーション時は、黒ではない養生テープを使い、ダンサー二人でいろんな遊び方を試しました。その後、私たちのチームがインドネシアにリサーチに行ったのですが、その時に感じたのは、街中にプラスチック製のゴミが多かったことです。街中でプラスチックのゴミが燃やされた匂いがすることがすごく印象的でした。台湾もすごくプラスチック製品が多くて、プラスチック王国と呼ばれているほどです。また、私が舞台美術を考える際によく使う素材は、特別なものを探すのではなく、日常生活で手に入れることができるものをダンサーが使うことで、非日常の風景ができるという変化を見出したいと考えていています。そこで思いついたのが日常生活で誰でも使っている黒いビニール袋でした。あくまでも舞台美術家は、素材やプランを提案することができますが、最終的にどのように舞台上で表現されるかは、振付家やダンサーに任せることになります。例えば私が最初ビニール袋という案を出しましたが、予想以上に破れやすくてすぐに使えなくなってしまったことがありました。それをどういう方法で直して予防するのかをダンサーとクリエーションのなかで一緒に探っていき、今の状態になりました。

質問:ビニール袋に穴を開けているのもそういう理由からですか?

グァンリン:そうですね。穴が空いてないまま空気を入れるとすぐに破れてしまうので、あえて穴を開けるということになりました。ただ、穴の大きさや数も実験しながら調整しました。

質問:すごい実験ですね。今の回答に関係して、この空気が入ったビニール袋のサイズは一番大きくなったときに天井ギリギリまでありましたが、仮に劇場がものすごく天井が高かったり、舞台が広かったりしたらサイズは変わるんですか?

グァンリン:劇場の空間が変わるとサイズも変わりますが、空間のギリギリまでいくというよりは、観客からみてどういう見え方をするかということが一番大事だと思っています。だから観客が見える高さを計算してそのサイズに直すという風に考えています。
ユーグァン:今回の滞在制作での客席と舞台の高さと広さは、来年の台北公演の会場にサイズを合わせてプランしたものです。

吉田(KIAC):それに関連して最後のシーンのスモークの見え方も、滞在制作の初期は寒い中で劇場内の空調も入れずに温度管理を計算してされていました。その後いい塩梅は見つかりましたか?

Joanne Shyue(以下、ジョアンナ):既にコントロールできているわけではないですが、今わかったことは温度、湿度の影響を受け、そして照明の強さによっても温度が変わるということです。あとダンサーがどれくらい汗をかくかによっても、湿度と温度が変わります。これまでの滞在制作の中ではKIACの空間条件がパーフェクトです。来年の台北公演ではどうなるか心配してます。だから今日急いでKIACのスタッフに温度計と湿度計を借りて、都度、条件をメモしていました。

ユーグァン:台湾で今回の条件を再現することは難しいと思いますが、ただそれもパフォーミングアーツの面白さだと思っています。簡単にコピーアンドペーストができない、オーガニックな状態のパフォーマンスだと思います。皆さんが来年台湾に来て見る作品の雲と城崎の雲は違うものになると思います。最後のシーンがどのような見え方をするかは、その前の1時間のシーンを皆さんがどのように一緒に見守ってくれるのかが大事になると思います。

左から、竹宮華美、Danang Pamungkas、Yeu-Kwn WANG、Joanne SHYUE、Guan-Lin CHEN、Yin-Ying LEE、Shih-Wei WANG、新田幸生  photo by Wei-Sheng CHEN

質問:最後のシーンで使われている曲の選曲についてお伺いしたいです。

ユーグァン:この曲はある映画(*)のテーマ曲で、その映画は小説から作られた4時間くらいある映画です。その作家が脚本と監督を担当しましたが、映画版が完成した後、すぐ自殺してしまったんです。すごく若く才能があるアーティストでした。彼の作品の世界観は、世界が崩壊して、再生してまた崩壊するという特徴があります。崩壊から再生する、繰り返すことは、もしかしたら私たちやみなさんも日々そういう瞬間を感じているかもしれません。この曲自体の雰囲気は、お聞きいただいたように、ときどき子ども達の歌声が聞こえたと思うのですが、何を歌っているのか誰もわからないという歌詞になってます。この子ども達はとても純粋だと思います。皆さんも日常生活の中で、時々どうしても乗り越えられない壁が出てくるかもしれません。そんなときに少なくとも私ができることはそこに座って、笑いながらそれを見ることだと思います。だからこの曲を選びました。

(*) 大象席地而坐(日本語タイトル『象は静かに座っている』


竹宮華美
愛媛県出身、京都市拠点。フリーランスアートマネージャー、企画運営、コーディネーター、プロデューサー。 京都造形芸術大学舞台芸術学科卒業後、テレビADや、京都芸術大学舞台芸術研究センターにてアーティストと研究者による作品制作の現場に多く携わる。2022年から1年間は台湾で台湾華語を学ぶ。愛媛と台湾にも拠点を増やすべく、文化・芸術やコミュニティを通して生まれる「場」や「対話」の可能性に興味をもち活動をする。