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2016年10月2日

KIACインターン:てがみ座滞在制作レポート【総括③】

「燦々」の滞在制作も終わり、9月25日、てがみ座が城崎国際アートセンターを旅だちました。
滞在中、天気に恵まれない日々が続きましたが、旅立ちの日には、夏が舞い戻ったかのような太陽が!
まるで、11月の豊岡公演の成功を祈ってくれているかのようでした…!
今回は、滞在制作の総括として、インターン生がそれぞれてがみ座の滞在制作を経て感じたことを書いていこうと思います。

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《北斎の娘であり、絵描きのお栄の物語ということで、普段絵も描く身としては、演劇と絵との接点について考えさせられました。

描く行為や、描かれているものをどのように身体で表現していくのかという試行錯誤。てがみ座の稽古では不織布や竹を使用した見立ての実験が多く行われていました。
不織布や竹といった素材が様々なモチーフに変化していく動作は、絵で言うと、作者でさえ完成がどこに向かっていくのか予測できない段階の、一筆一筆のストロークのようでもあります。
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「燦々」の制作プロセスから、個人的に、演劇と絵との違いとして強く感じたのは、鑑賞者の目の前に「今、そこに在る」状態での作品との出会い方の違いです。
絵(ペイント)の場合、絵の具や筆の痕跡や積層といった行為の一部が基本的には、残っているものだと思います。
目の前に一枚の絵がある場合、その制作プロセスにも同時に出会っているし、見る度に一回では気づかなかった部分にも、その都度出会うと考えられます。
特に日本画の場合、アクリルや油彩みたく、修正しづらい分、表面に見えている色だけでなく、これまで重ねてきた色彩のハーモニーが重要になってくるのではないでしょうか。
一方、演劇の制作プロセスは、演者の身体の記憶として、目の前に現前しないカタチで内包され、行為は常に変化し続けているため、基本的に鑑賞者は作品の「現在」に出会い続けるのだと思われます。
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絵描きをモチーフにした演劇「燦々」では、鑑賞者は、作品とどのような出会い方をするのでしょうか。
物語を追うだけでなく、場面によって作品との出会い方が違うと意識しながら見てみると、いつもと違った楽しみ方ができるかもしれません。》
(インターン生・土井)

「燦々」の豊岡公演は2016年11月19日(土)、20日(日)に出石永楽館で行われます。
皆さまぜひご来場ください!

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