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2019年10月26日

『shuffleyamamba』出演者インタビュー【渋谷陽菜】

2019年10月5日(土)、6日(日)に出石永楽館にて世界初演を行った『shuffleyamamba』。
クリエーション中に出演者ひとりひとりに行ったインタビューを公開します。
2人目は、渋谷陽菜さん。

【振付によって現れる女性性】

―― 今回の『shuffleyamamba』への出演のきっかけは、なんですか?

渋谷:2016年に余越保子さんの『大人のための愛の教室』という作品に出演したことがあって。思春期カウンセラーのあかたちかこさんという性のスペシャリストが、教室という設定の舞台上でトークをしている中、私ともう1人の男性のダンサーの2人でずっと踊り続けるっていう作品でした。それが初めて余越さんの作品に出演させてもらった機会でした。そのあと2017年に『shuffleyamamba』に出演することになりました。

―― 『shuffleyamamba』も性に関する描写が出てきますが、『大人のための愛の教室』もそういった作品だったんですね。

渋谷:そうですね。観客に白い紙を配って、自分の性の悩みを書いてもらうんですよ。その悩みを集めて、公演中にあかたさんがメモを取り出して読み上げて答えていく。例えばコンドームの付け方講座が始まって、私がディルドを持って行ってあかたさんがつけ方をやる、というシーンもありました。こんなにみんながいろいろな疑問や悩みを持っているのに、どうして性のことって恥ずかしかったり、表に出してはいけない雰囲気があるんだろうって考えることのできた機会でした。

―― じゃあ今回登場する、女性的な性や身体を象徴するシーンや振付は、そんなにためらいもなく……?

渋谷:私はもともと恥ずかしがり屋で。ダンスを始めたのは15歳くらいからですが、バレエや日本舞踊もやってこなかったので、この歳になって日本舞踊を習うようになると、いろいろ思うことがあって。

例えば、酔っ払って男性に寄りかかる、隣にいる男性に恥じらいを見せる様子とかの写実がたくさん入ってくるんですね。それが、私はとても恥ずかしいんですよ。なんで酔っ払いながら男性にもたれかからなきゃいけないの、とか。すごく嫌でたまらなくて。だから道成寺(*1)も女性的な踊りだから、拒否感があったんです。でも余越さんに「これはそういう風にできている形なんだから、演じなくていい」と言われて。バレエでも日本舞踊でも、恥ずかしそうに見える仕草や振りをしたら不思議と「恥ずかしい」になるんですよね。自分が演技しなきゃとか、男性を意識するようなことは、実は必要なくて。いや、必要な部分もあるんですけどね。振付に忠実にやったら踊りがそうなってくれるということを知って、それからはどんどん振付に抵抗は無くなっていきましたね。

 

【「形」の中からみえる景色】

―― 形があったからこそ、動きやすくなったんですね。

渋谷:ダンスってたくさんいろいろなものを(形から)貰っているから、どこからどこまでが自分だなんてわからなくて、そこに入った時にフッと見えてくる風景が、自分から生まれたものでもない時があったりするから、簡単に形がある・無いで分けられないところも、自分の中ではありますね。

渋谷:既にある形、例えば日本舞踊を踊ると「あ、振付家はこんな世界を見ているのか」って。振付の中から風景を見ているような。「間」とか写実を意識した振付によって、その時代性や振りが持つ景色を見ることができるんですね。でも自分の考えた振付は自分の好みもありますし、常に自分の見える景色を探っている状態です。

例えば冒頭の「仏像』と呼んでいるシーンは、平等院鳳凰堂の雲中菩薩の菩薩像をベースに作っているんですね。『大人のための愛の教室』の時に余越さんに「この写真集で踊りを作ってくれ」って雲中菩薩がたくさん載っている写真集を手渡されて(笑)。自分たちで作った振付なんですけど、仏像になろうとすることで、その仏像から見えてくる風景みたいなものもあって(笑)。

―― 『大人のための愛の教室』の時の振付も今作に入っているのですね。

渋谷:そうですね。余越さんのおもしろいところは、踊りを長持ちさせてくれるところです。振付を作ったのが2015年なので、もう4年くらい。同じ振りを4年続けるって、なかなかないと思うんです。踊るたびに違う感覚を覚えますし。

―― どういう風に変化を感じましたか?

渋谷:以前、福岡さわ実さんに毎朝ウォームアップを教えて貰っていたことがありました。そうしたら、さわ実さんのおかげで、身体の精度がすごく増したんですね。するといろんなところに向かって身体が行こうとするようになって。でも私が持っている仏像の形って、硬質で彫刻的な美学なんです。それが形を変えやすくなった身体のおかげで、逆に硬質の中に入っていけなくなっちゃった。仏像の持つ、ただそこにある風景みたいなものが再現できなくなってしまった。そして1回戻さなきゃって思って、毎日仏像の写真を見て必死に自分の形を戻して戻して。それを繰り返してましたね。

―― 1回自分が作った形に自分がフィットしなくなってしまったんですね。

渋谷:今の身体によって踊りも変わってしまう。踊りはそこにあるはずなのに、ここにいけなくなるっていう不思議な現象が起きる。これがコンテンポラリーダンスなのかもしれないですけど。

 

【日本舞踊に出会って】
―― 長い年月のクリエーションを通して自分に継承されたものや受け取ったと感じるものありますか?

渋谷:皆さん踊りに対してとても誠実で。例えば、福岡さんが私たちに毎日ウォームアップしてくれたこととか、余越さんが10年くらいかけて習得した道成寺の振りを、私たちに落としてくれることとか、砂山さんがどんな時も手を抜かず踊っている姿とか。作品を通してその姿勢を見せてくれることで、ダンスに対しての誠実さも感じて。かつ、培ってきたものを私たちに渡すことに対しても、とても熱心で。

例えば道成寺なんて、日本舞踊家じゃなかったら舞台にのせることなんて絶対に叶わないんです。私はバレエもやってなかったので、『ジゼル』の曲でバレエ踊るなんてことも、本当だったらあり得ないこと。だけどこの作品ではいろいろな「移舞(うつりまい)」(*2)を舞う役割だから、踊る機会を与えられる星の元にきましたけども、本来であれば許されないはず。正当な日本舞踊をやっているような人間でもないのに、いろんな舞踊家が大事にしてきた道成寺っていう踊りをいただいた1人になっていることの大きさや重さを感じています。


―― どうして踊り続けているのですか?

渋谷:私の場合は、不思議なことにひとつの公演が終わったらまた新しい公演が続いていったんですね。わりと外的な要素が多くて、やめるとか続けるとか考える間も無かった感じですね(笑)。でも、お稽古を見るのも通うのも好きだし、それだけでもいいから踊りの傍にいさせて欲しいって思いますね。日本舞踊に出会ったのはすごく大きいです。

―― 今もご自分でお稽古に通ってらっしゃるんですか?

渋谷:通っています。お稽古って地道にコツコツやっていくことだから、自分にとってそこに帰れることは、安心するんです。何かを振り返る場として絶対に必要な場所だから。

―― 日本舞踊が好きな理由は何ですか?

渋谷:「間」が美しい。踊り始めるのは遅かったですけど。それでも日本舞踊に出会った時に「これどうなってるのか分からない」「こんな少し動いただけでもそう見えるんだ」と思うことも多くて。やればやるほどわからないものって、おもしろいじゃないですか。お稽古に行って新しい発見をするたびに、いろんな人が遺伝子みたいに繋いできたものが、たくさんの人の手に渡って変化を遂げていると思うんです。だからその層の厚さを感じられることがおもしろいなって。自分1人では、とても出来ない踊りの密度がある。だから、もし次の作品に出演する機会がなかったとしても、お稽古の場で踊りは続けて行くと思います。


(*1)京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)『安珍清姫伝説』という物語を舞踊化したもの。紀伊国で暮らす裕福な未亡人の家に、老僧と若い僧が一晩泊めてほしいと訪ねてきた。女は、若い僧に恋をする。若い僧は女に「三日間だけ待って欲しい」と伝えるも、結局戻って来ず逃げてしまう。裏切られた女は怒り、大蛇に変身して道成寺の鐘に身を隠した若い僧を追いかけ、その鐘に巻きついて焼き殺してしまう……という物語。
(*2)能「山姥」に登場する言葉。相手に憑依して自分の舞を相手に踊らせることと、相手を自分に憑依させて踊ることを指す。

 

(聞き手:インターン笠田優奈・立花実咲・和田奈那美/編集:インターン立花実咲&KIAC)

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