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2019年10月30日

『shuffleyamamba』出演者インタビュー【福岡さわ実】

2019年10月5日(土)、6日(日)に出石永楽館にて世界初演を行った『shuffleyamamba』。
クリエーション中に出演者ひとりひとりに行ったインタビューを公開します。
6人目は、福岡さわ実さん。

【前作『SHUFFLE』への共感が参加のきっかけに】

―― 今回の作品に参加することになったきっかけは何ですか。

福岡:(余越)保子さんがアメリカから日本に帰ってこられて初めてつくった作品に出演したんです。それがきっかけで、保子さんと知り合いました。今回の作品は私は途中参加です。作品の話を聞いているうちに、私の自分の、その時の人生の状況みたいなものにもぴったりで……直感的に。だから私も入れてくださいと、伝えました。

―― 山姥のモチーフが、ぴったりだと思ったんですか?

福岡:山姥もそうなんですけど、どちらかというと『SHUFFLE』(*1)のイザナミの部分ですね。

―― 福岡さんが作品に参加すると決まっても、その時点でどういうシーンがあるのかは……。

福岡:分からなかったですね。構成も最初から変わっているし。でも山姥と昔の『SHUFFLE』がどうにかして関わるということは分かっていて。『SHUFFLE』のコンセプトというか、チャネリングする、憑依する、媒体になるというところに私の興味がリンクしたのもありました。示し合わせたわけではないですが、結果的に作品の中での私のポジションは、社会の中で組み込まれていない存在というか。浮世離れしている世界と、社会とを、行き来できる存在な気がします。
【自分の中の女性性が山姥とつながった】
―― 今作は、女性芸能者の系譜や性がテーマになっていますが、そこに対して福岡さんが共感できたことや、考えていらっしゃることはありますか。

福岡:女性芸能者が性の対象として扱われることが、この作品にもテーマとして出てきますけど、私自身にとっては全く現実味があると思えなかった。自分の、リアルなダンスの経験として、そういう身体ではなかったんですね。もともとオランダのカンパニーに長くいて、そのカンパニーの元にある概念は社会的な位置としてのジェンダーを超えた人間の、身体そのものの知性から出てくるダンスを追うことだったし、日本に帰ってきたのも最近だし、日本の中で女性が否応なく組み込まれている、どうにもできない身体のポジション、みたいなものにたぶん私は組み込まれていないというか。実際には社会の中に存在しているので、入ってはいるけど、ある意味、入っていない感じがするんです。社会的な女性像の概念からはじき出されているからこそ、世間にとってinvisibleだからこそ社会のしがらみからは自由な視点が持てる、そういう風にこの作品に貢献できるかなって。

―― 社会と憂き世とを行ったり来たりするポジションとして。

福岡: そうですね。山姥は、プレゼンテーションとしての女性性ではなくて、それでも本当にある女性性みたいな……。社会に見られている女性性ではなく、身体の中から、現れてくる女性性だと考えました。

―― 苦しい気持ちにならなかったですか。

福岡:いとおしくなりました。「おー、女って、こういうことか」って。誰かにプレゼンテーションするでもない、根源的なすばらしい女性性みたいなものが自分の中にもすでにあって、それを出してもいいんだなと。どうやってきれいに見えるか、セクシーに見えるか、かわいらしく見えるか、というところとは、また別の女性性が、山姥につながると思いました。この「別の女性性」で言いたいのは、それが「対(against)、男性性」の関係にはないという事です。男性に「対抗」するものでもなければ男性の目の「対象」でもない。女性に男性性が内在しているように男性にもこの女性性は内在していると思います。

―― 社会的に見られるための女性性すら含む、包容力のある女性性というか。

福岡:そう、そしてすごく破壊的で自由でもある。山姥って、そういう感じがします。

 

【継承と憑依が結びついた】
―― 今回、作品の重要なキーワードに「継承」もありますが、1年ほどかけて作品作りをする中で、前作から受け取ったもの、余越さんから継承したものはありますか。

福岡:お能の「山姥」の中に、移舞という言葉が出てくると教えてもらいました。山姥の山廻りを曲舞にして謡い一躍有名になった百万山姥という若い女性芸能者が山中で本物の山姥に出会い、自分を題材にした曲舞を謡わせながら山姥が踊る場面があるんですっ て。継承って、つまり移舞みたいなものかなって。振りを見て「はー、そうやるんですね」 と覚えるのではなくて、どちらかというと背中を見て、技が自分に入り込むような。だから 継承に関する話を余越さんたちとしたときに、憑依するっていうキーワードがピンときた というか、生々しく感じたところでした。

―― 先ほど「憑依」や「チャネリング」に興味があるとおっしゃっていましたもんね。

福岡: セクシュアリティに関しても、社会に組み込まれた概念としての性ではなく、ほんとの女性性、いとおしいところ、すごいなと思う女性性の中から理解できるセクシュアリティもある。私は、少なくとも舞台上では、それを見せることができる自由な存在のような気がします。

―― 媒体になるという意味では重要なことかもしれません。

福岡:私がそういう風になりたいとずっと思っていたんだと思います。

―― 福岡さんが踊り続けるのは、どうしてですか。

福岡:自分の身体が仕える、ささげる場所が、まだ見つかっていないからですかね。踊るってことは、動くのはできるけど、実は「踊る」ことって、なかなか起こることがなくって。

―― というと……。

福岡:いつも踊ってないし、いつも動いているけど、踊り続けているわけではないというか。私が「踊る」という言葉の意味自体、歌うとか食べるとか、そういう言葉と同じ性質のものとして理解していないものだから……。例えば観客の前で踊れた時というのは、観客に仕えている状態だと思うんです。仕えているし、何かを伝える媒体になっている。なかなかできないんだけど、それができるようなシチュエーションを、探しているのかな。

―― 伝えたいことというのは?

福岡:ラジオって、チューニングするじゃないですか。ピン、とどこかで合って音を拾う。そんな感じで、なにかが起きている、在る、その場面を伝えたい。それが何らかの意味を持つメッセージになるかもしれないけど、必ずしもそうなるとは限らない。ダンスって、そういうところがあるんですよ。チューニングしている。あったものが見せられたら、媒体になれる。そのセットアップできる場所を、探しているんだと思います。

 


(*1)先祖の霊を黄泉の国からおろしてライブ交信を試みたソロ作品

 

(聞き手:インターン笠田優奈・立花実咲・和田奈那美/編集:インターン立花実咲&KIAC)

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