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©igaki photo studio

『この家で − 이 집에서<in this house>』制作ノート【#01】
太田奈緖美

2021.1.28

かつて北前船の寄港地として栄えた当時の町並みが残る竹野町。
元船主邸・田中邸とその周りに広がる迷路のような路地を舞台に、美術作家の太田奈緖美らが田中邸の調査や竹野に住む方々へのインタビューを行い、人々の言葉や記憶、町の歴史を手がかりに、ブラタケノ運営委員会との協働で作品を創作。2021年2月、まち歩きをしながら巡るインスタレーション・パフォーマンスとして発表しました。

竹野の皆さんとの出会いからリサーチ、パフォーマンスの創作・発表にいたるまでの制作レポートが届きました。
太田奈緒美さんの視点で振り返るプロジェクトの過程を、連載として複数回に分けてお送りします。
美しい自然に囲まれた竹野は、壮大なスケールで展開していた歴史と豊かな風土に培われてきた、物語にあふれた町です。はじめて訪れた竹野の青い海の風景。この時の広く開かれた印象は、竹野の人々に出会っていくにつれて深められて行きました。

じゃじゃ山からの風景©Naomi Ota


作品背景

『この家で』は、空家問題に向き合ったアートによるドキュメンテーションをコンセプトに、「家」自体のリサーチや地域での聞き取りをもとにした作品の制作として、ウォン・ヨンオ率いる韓国の劇団ノットルとオーストラリアのサウンドアーティスト、マデレイン・フリン&ティム・ハンフリーとともに2020年度の城崎国際アートセンター(KIAC)アーティスト・イン・レジデンスへ応募したコラボレーション企画でした。2019年7月に採択通知を受けた時には予測もできなかった、新型コロナウィルスの影響に翻弄されながらも、人々との豊かな出会いに恵まれてクリエイティブな時を過ごすことができた幸せをつくづく感じています。

ダンス、舞踏、演劇、インスタレーション・パフォーマンスなどで行ってきたコラボレーションでは、分野を超えてアイデアを出し合いながら制作するというメソッドを主としてきました。特にノットルとのコラボレーションでは、コンセプト立ち上げから公演まで彼らの拠点であるフーヨン・パフォーミングアーツセンターで共同生活をすることも多く、スタジオを共有しての制作では、動き、言葉、音、視覚的な要素が互いに作用しつつ作品が構築されていき、日々新たな発見と刺激があります。『この家で』では、町の空間を制作の「場」として、音や風景、人々の言葉などとともに、より多角的な相互作用が生まれました。

認知症の私の母の想う家は40年以上暮らしてきた神戸の家ではなく、建替え前の横須賀の生家となっています。「家」というテーマは、母のように執着のある「帰るところ」を持たない私自身への問いかけでもあります。企画時にあった構想としては、ノスタルジックになるのではなく、過去や現在を語る中で「未来」に繋がる表現をしたいということ、パフォーマーが働きかける物語のトリガーとなるアイテムを引き出しなどに設置する、ことなどでした。異なる時空へつながる装置としての引き出しのアイデアは、母の生家での話として祖母から聞いた — ある晩なぜかタンスを抜けて帰ってきた出征中の書生さんに会い、その直後に戦死の電報を受けた — という戦時中のエピソードや、片付けがままならなくなった母の周辺を整理していると、思わぬところに思わぬものを発見して時が歪むような感覚になるという長年を経た「家」にある不思議さに由来したものです。

現地視察とリサーチまで

2020年4月7日に発令された緊急事態宣言により、空家の視察は4月の予定から7月に延期されました。最初にKIACの吉田雄一郎さん、橋本麻希さんとともに江原を訪れ、劇団青年団演出部所属で、地域おこし協力隊として豊岡演劇祭のコーディネートや日高地域の空き家活用に取り組む渡辺瑞帆さんの紹介で、ユニークな3階建ての家とその界隈の不可思議な空間等を案内していただきました。翌日は吉田さんと地域おこし協力隊でKIAC所属の與田千菜美さんが同行し、竹野へのU&Iターンを支援するNPO法人たけのかぞくの丹下芙蓉さんに繋いでいただいた、竹野の町歩きを主催するブラタケノのメンバーお二人(たけの観光協会会長/ブラタケノ運営委員会代表の青山治重さんとメンバーの田村高志さん)の案内で、北前船の元船主邸である田中邸(旧・甚七邸)を見学させていただきました。

田中邸©Naomi Ota


城崎からのアクセスなどを考慮して竹野に決定しましたが、海の美しさや焼杉板の家と路地の街並みに惹かれたことと、竹野出身の與田さんの存在も大きな要因でした。
北前船で栄えていた頃はもとより、紀元前まで遡る竹野の歴史文化と収集資料に圧倒されながら、ブラタケノのお二人が幼少期に田中邸や周辺路地で遊んでいた頃の日常のエピソードも聞くことができました。まだ確かな構想もないこの時点で、私が提案させてもらったことは「ブラタケノとのコラボレーション」と「周辺の街並みも取り入れた企画」でした。後日プロデューサーとして共に制作をした吉田さんに「誰が何をするのかわからないのに、いきなりな申し出を受け入れてくれたのはスゴイですよね。」と言われましたが、そんな直感的アイデアに、竹野とKIACと私自身を巻き込みながらも、不思議なほど自然なプロセスをともに歩んでいったように思います。

8月時点で10月のリサーチへの海外チームの不参加が確定し、リアルタイムでのオンラインシェアなどの情報共有手段について考えなくてはなりませんでした。一人になってしまったことで、與田さんと山崎理沙さん(NPO法人プラッツ:サウンド担当)にリサーチ・コラボレーターとなっていただきました。10月16日〜25日に実施したリサーチは、多くの人々に出会い、盛りだくさんな体験をし、時折の同行だった吉田さんにたいそう羨まれた美味しい食事も享受する日々でした。想像を遥かに超える情報量を一体どうやってリモートシェアできるのかという悩みもありましたが、何しろ毎日とんでもなく楽しく充実した時を共有できるチームがあったことが大変有り難かったです。


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太田奈緖美
メルボルンを拠点に国内外で舞踏、ダンス、演劇、学祭的分野などでコラボレーションを行ってきた美術作家。現在神戸在住。自然や情緒的風景、遠い記憶から導き出される作品は、繊細なディティールから空間インスタレーションまで幅広い。京都市立芸術大学大学院・オーストラリアRMIT大学PhD修了。