ARTICLES記事
photo by igaki photo studio
KIACコミュニティプログラム2023 日本相撲聞芸術作曲家協議会 とよおか音楽めぐりコンサート「トコドスコイ!」レポート
小林瑠音(芸術文化観光専門職大学)
2024.5.16
1. はじめに:JACSHAとKIACと但馬の民俗芸能
JACSHAとKIAC
日本相撲聞芸術作曲家協議会(Japan Association of Composers for Sumo Hearing Arts: 以下JACSHA)は、3人の相撲をこよなく愛する作曲家、鶴見幸代、野村誠、樅山智子 によって2008年に設立されたユニット(通称ジャクシャ)である。(ちなみに、メンバーそれぞれのしこ名は、鶴見錦、琴野村、樅の山。愛称は、つるみん、のむろん、もみー)
「神事であり、芸能であり、スポーツであり、エンターテインメントであり、伝統であり、現代であり、文化であり、つまり智慧である相撲に耳を傾けること(相撲聞:すもうぶん)によって新たな芸術を創造する」ことを目指して、これまでさいたまトリエンナーレや水と土の芸術祭など全国各地でインスタレーションやパフォーマンスを発表してきた。
城崎国際アートセンター (Kinosaki International Arts Center:以下KIAC)との関連では、JACSHAは、既に2018年、2020年とレジデンス・アーティストとして選出され、2022年から2024年にはKIACコミュニティプログラム参加アーティストとして継続的に滞在制作をおこなってきた。このレビューは、JACSHAの第4回目となるレジデンス期間中(2023年5月〜10月)に実施された、「KIACコミュニティプログラム2023」での但馬地域の民俗芸能のリサーチと、その成果発表として開催されたコンサートの内容を振り返る主旨のものである。以下ではまず、JACSHAとKIACの関係性について、ここ数年の流れをごく簡単に概観しておきたい。
これまでの民俗芸能リサーチとコラボレーション
最初のKIAC滞在(2018年10月8日-10月22日)では、JACSHAは、前人未到の69連勝を成し遂げた伝説の力士「双葉山」をモチーフにした5年計画のオペラ創作プロジェクト(そのうちの2年目にあたる)を実施した。そのなかで、養父市奥米地に伝わる「ねってい相撲」(*1)や豊岡市竹野町の「竹野相撲甚句」など但馬地域の相撲文化に着目したリサーチに着手し、その内容をもとに『竹野相撲甚句ファンファーレゲエ』などの楽曲を創作。これらの新作は10月21日にKIACで開催した「日本相撲聞芸術作曲家協議会(JACSHA)はじめまして!コンサート」で初披露された。
ちなみに、竹野相撲甚句とは、日本海沿岸の街、豊岡市竹野町に残る芸能で、古くは江戸時代に発展した北前船を通して遠く秋田から伝わったとされている。かつては鷹野神社の祭礼として行われる奉納相撲の中入りで披露されていたのだが、継承者の高齢化に伴って、保存会の活動が長らく休止状態となっていた。そんな中、保存会メンバーの甥にあたる與田政則さんがKIACスタッフの紹介でJACSHAと知り合うこととなる。そこで、日頃から竹野相撲甚句の継承を危惧していた與田さんをはじめとする地域の方々から、ぜひJACSHAに竹野小学校の金管バンド・バトンクラブのために甚句をアレンジしてもらえないかという提案が寄せられ、竹野相撲甚句とJACSHAの壮大なプロジェクトが動き出したのである。
2回目の滞在(2020年9月-10月)では、新型コロナウィルス感染拡大により、大幅な計画変更を余儀なくされたが、実際に、竹野小学校金管バンド・バトンクラブの子どもたちとのオンライン・ワークショップが実現した。とりわけ、JACSHAにとって但馬でのリサーチ中、重要なブレーンとなった元力士の松田哲博さん(元・一ノ矢)の尽力もあり、2年生の子どもたちとは対面で竹野相撲甚句体操(JACSHA作)などのワークショップを行うことができた。そして、10月11日には竹野子ども体験村で「オペラ双葉山〜竹野の段」滞在制作 成果発表コンサートを開催し、参加者107名の満員御礼となった。
その後も2022年には、竹野浜ふれあい会館で「竹野相撲甚句ファンファーレゲエを一緒に演奏しよう!おんがく体験ワークショップ」が開催、さらには同じくKIACコミュニティプログラム参加アーティストの波田野州平(映画作家)による映画「霧の音」にJACSHAメンバーの滞在制作の様子が収録、プレミアム上映会が実施されるなど、関連プログラムが発展してきた。加えて、小学校4年生から中学校3年生を対象に、KIACコミュニティプログラム2022「作曲家といっしょに音楽をつくって演奏しよう!」というタイトルで全4回のワークショップが開催され、そのメンバーを中心に、「とよおかこども音楽クラブ」が立ち上げられた。
2. KIACコミュニティプログラム2023「JACSHAといっしょに音楽をつくろう!」
このように、2018年のレジデンス期間中に始まったJACSHAによる但馬地域の民俗芸能リサーチは、地元の行事やお祭りの関係者、そして竹野小学校の子どもたちとのコラボレーションを経て、『竹野相撲甚句ファンファーレゲエ』や『オペラ双葉山〜竹野の段』といったユニークな楽曲やパフォーマンスへと結実した。
そして2023年の4回目のレジデンスでは、とよおかこども音楽クラブのメンバーに加えて、竹野中学校吹奏楽部という新たなコラボレーターも登場し、JACSHAの活動範囲はさらに、出石や城崎の民俗芸能へと拡張していくこととなったのである。
以下では、KIACコミュニティプログラム2023「JACSHAといっしょに音楽をつくろう!『とよおかこども音楽クラブ』」と題した新たなリサーチ内容と、その成果発表として開催された、とよおか音楽めぐりコンサート「トコドスコイ!」に至るまでの過程、特に出石神社の「幟(のぼり)まわし」と「竹野相撲甚句」にまつわる地元の子どもたちとの合作プロセスについて詳細を振り返ってみよう。
出石の幟まわし:『れんちゃんの人生計画、まこちゃんの勝負』
まず、2023年のレジデンスとして、JACSHAのメンバーの中で先陣を切って城崎入りしたのは、つるみんだった。彼女の再訪初日からさっそく、新しい楽曲のアイデアが転がり出した。まずつるみんは、KIACスタッフの橋本麻希と共に、竹野の「北前まつり」(5/3)や、出石神社の「幟まわし」(5/5)の見学、2022年に惜しまれつつも解散した「但馬民俗芸能応援隊」の資料整理(*2)などを行なった。
ここで出石神社の幟まわしに同行したのが、とよおかこども音楽クラブのメンバーのれんちゃん(当時中学3年生)。彼女は、実に6歳の時からKIACのコミュニティダンス公演に参加し、それ以降、様々な滞在アーティストたちと交流している古参で、地元の小学校の金管バンドに所属し、アルトホルンを演奏していた。JACSHAとは、2022年のワークショップ「作曲家といっしょに音楽をつくって演奏しよう!」で出会った。
のむろんの突拍子もない提案に、迷いなく乗っていくつるみん、窓ガラスから見える風景や屋根から落ちる水滴から音楽を引っ張ってくるもみー。「不思議なひとたちだなぁ〜」というJACSHAに対する最初の感覚は、れんちゃんの中でじんわりとだが着実に、音楽に対する自由度をアップデートしていく原点となったようだ。
ちなみに、つるみんとれんちゃんが観に行った出石神社の幟まわしは、毎年5月5日に初節句を祝う行事で、宮内少年会の子どもたちが竹ぼらの音に合わせて、色とりどりの絵柄の幟を立て回し、その年に男子が生まれた宮内の家々をまわって無病息災を願うというものである。
出石からKIACに帰ってきた、つるみんとれんちゃん、そしてKIACの橋本は、早速、幟まわしで観た囃子唄と竹ぼらの音楽の再現に取りかかった。(ちなみに、橋本はとよおか音楽クラブのいちメンバーであり鍵盤ハーモニカも自由に操る演者でもある)
幟まわしの行列を追いかけること約3時間(!)、断続的に聞き続けた音の記憶を頼りに、幟で地面を叩くリズムを傘で、竹ぼらを空き瓶で代用しながら新作づくりが始まった。同時に、わらべうたのような囃子唄の不思議な歌詞の解釈に挑む。「但馬民俗芸能応援隊」の資料一式の中にあった『豊岡市の祭礼・年中行事等調査報告書』に出石幟まわしの囃子唄1番から3番までの歌詞が掲載されていたのだが、「バーヤーナー」「ハーニャーター」「バアクレー」など一見呪文のようで全く意味がわからない。(図1)「サンベンマワッテショウブシロ」という特徴的な歌詞を手がかりに、何かと戦っているのではという解釈に辿り着き、れんちゃんの勝負唄に置き換えて新しい歌詞を創作することになった。結果として、幟まわしのエキゾチックな囃子唄は、令和の学校教育に異議を唱える聡明な中学生の人生計画を綴った歌詞へと変貌を遂げた。(図2)
7月に入って、次にKIACにやってきたJACSHAのメンバーは、のむろん。そしてもう一人、とよおかこども音楽クラブのメンバーのまこちゃんが加わった。まこちゃんは、れんちゃんの2歳年下で同じ小学校の金管クラブでトランペットを演奏していた。れんちゃんと同じく、JACSHAとは2022年のワークショップで出会った。バスケットボール部の試合の後に颯爽と現れて楽器を手にする柔軟な身体感覚の持ち主である。
つるみんが現地観察をもとに五線譜に書き起こしてくれていたメロディを参照しながら、今度はのむろんが出石のあの音とリズムを再現していく。少し明るいイメージにするため、鍵盤ハーモニカ、リコーダー、太鼓を加えつつ、のむろん、れんちゃん、まこちゃんで協議を重ね、「レ+ド+ラ」のみでメロディを作曲していった。いろんな楽器を触るうちに、カリンバによる前奏(独奏)で開始する構成も決まった。
その後、8月12日、13日には再び来訪のつるみんとともに、もみーも合流し、まこちゃんのパートの歌詞制作に取りかかることとなった。現在は塾やピアノなど、なんと6つの習い事を掛け持ちしているまこちゃんだが、どうも社会と理科(と虫)が苦手だという。学校のバスケットボール部では日々基礎体力づくりに勤しんでいる文武両道な中学生の超多忙な学生生活を歌詞に落とし込みながら、JACSHA(ジャクシャ)ならではの人生訓なのか、「負けちゃうのもいいんじゃない?」という一言に触発されて、最後の締めは「勝負しない」に落ち着いた。(図3)
図1〜図3 出石神社幟まわしの囃子唄オリジナルとれんちゃんの人生計画版、まこちゃんの勝負版比較(出所:豊岡市歴史文化遺産活用活性化事業実行委員会編(2017)『豊岡市の祭礼・年中行事等調査報告書』を参考に筆者作成)
竹野相撲甚句:『竹野相撲甚句ファンファーレゲエfeat. 竹野中学校吹奏楽部』
さて、コンサートに向けたもう一つの大きなプログラムとして、竹野中学校吹奏楽部とJACSHAとのコラボレーションがある。これは、2018年のレジデンス期間中に創作された『竹野相撲甚句ファンファーレゲエ』を竹中の楽団員たちと一緒に演奏しようという試みである。この楽曲は、タイトルのとおり、レゲエのようなゆったりとしたテンポを基調としつつ、吹奏楽らしいファンファーレもあり、鍵盤ハーモニカの独奏や、つるみん作曲でオーケストラ+混声合唱団にもなった変幻自在な作品である。
ここで、特筆すべきが、のむろんもびっくり驚いた、この吹奏楽部の革新的な練習方法。なんと、五線譜もパート譜も使わない。「カタカナでドレミを書いて、その上にリズムを書いてある独特のコンデンススコアみたいな」(*3)楽譜を見て演奏する。この指導にあたっておられるのが、竹中の音楽担当、笠原先生。「ハーコーカサス ライチ」という屋号でオリジナル曲も作曲されていて、その一つ《KENOTAⅡ〜竹野民謡による〜》では、既に竹野相撲甚句のフレーズが使用されている。この只者ではない顧問の先生率いる竹中吹奏楽部と、JACSHAとの出会いは、もはや必然だったのではないかと思わせる。橋渡し役となったKIAC橋本の嗅覚と審美眼に脱帽だ。
実際に、2023年7月のKIAC滞在中にのむろんは、橋本とともに竹中吹奏楽部の見学に訪れた。その後、部員たちはJACSHAから提供された楽譜をもとに、練習を重ね、コンサート前日10月6日のリハーサルで、満を辞して、のむろんとの初共演の日を迎えた。筆者もその場に同席させていただいたのだが、竹中の部員たちは、のむろんの不思議な存在感と一挙手一投足が気になりすぎて、キャッキャと笑いが止まらない。いわゆる「箸が転んでもおかしいお年頃」突入期なのだと思われるが、それを加味してもなお、のむろんの登場は若い楽団員たちの心を鷲掴みにしたようだ。飄々とした風貌と、時折見せる謎に機敏な動き、「ワントゥースリーフォー」と言うだけで何か音楽的な含みが出る発声に、みているこちらも中学生のワクワクに便乗する気持ちになってしまった。
3. とよおか音楽めぐりコンサート「トコドスコイ!」(10/7)
一連の民俗芸能リサーチの成果発表として、とよおか音楽めぐりコンサート「トコドスコイ!」は、2023年10月7日に閉館間近の竹野浜ふれあい会館で開催された。
第一部は「顔ぶれ演奏」と題して、とよおかこども音楽クラブによる『竹野相撲甚句ファンファーレゲエ』(鍵盤ハーモニカ合奏)に始まり、竹野中学校吹奏楽部の『宝島』が披露された。続いて、JACSHAのメンバーそれぞれがこれまでに作曲した「相撲聞ピアノ曲ダイジェスト」が演奏された。
つるみん作曲の『すもうピアノ太鼓』は、相撲の取り組みが始まる前の櫓太鼓からインスピレーションを得た作品、のむろん作曲の『相撲聞序曲』も、相撲の太鼓「トントンストン トントトン ストニコ」をピアノの鍵盤で再現、もみー作曲の『こなた精霊』は、愛媛県大三島にある大山祇神社の神事「一人角力」(ひとりずもう)の調査をもとに創作された楽曲で、この日はつるみんとのむろんの連弾と、もみーのサックスという編成で披露された。
竹野の市民(旧城崎郡竹野町民)による寄付で購入され長らく愛されてきた「100歳ピアノ」を前に、日頃から四股を1,000回踏んでいるJACSHAメンバーは、早々に椅子をとっぱらい、重心を下げた「腰割り」の姿勢で演奏を始めた。
第二部の「とよおか音楽めぐり」では、音を頼りに竹野、城崎、出石と3つの地域を行き来する演目が組まれた。まず、竹野中学校吹奏楽部によって、前述の笠原先生によるオリジナル曲『KENOTAⅡ〜竹野民謡による〜』が演奏された後、とよおかこども音楽クラブが城崎秋祭りのだんじりに触発されて作曲した『鋳物師戻しを飛び越えて』がお披露目された。その後に、エントリーされたのが、『れんちゃんの人生計画/まこちゃんの勝負』。お揃いの鉢巻きをしたれんちゃんとまこちゃんによる曲紹介パートでは、出石神社や妙見大祭(城崎)のリサーチとともに、令和版に編みなおされた幟まわしの歌詞について詳しい解説が付け加えられた。
そしてJACSHAによる『六手だんじり』が披露された後、いよいよ最後に、JACSHAと竹野中学校吹奏楽部による『竹野相撲甚句ファンファーレゲエ feat.竹中吹奏楽部』が演奏され、第二部は大団円に終わった。
竹中吹奏楽部メンバーのご家族や地域の方々など81名が集まった会場には、2018年最初にJACSHAとのコラボレーションを提案した與田さんや、KIACにレジデンスしている他のアーティストたちの姿もあった。特に、第3部「みんなで申し合い」では会場にいる全員で即興的な音合わせの機会が設けられた。その最後には、與田さんの歌と竹中吹奏楽部が一緒に竹野相撲甚句を演奏する奇跡の瞬間が訪れた。2018年から5年を経てついに、相撲甚句保存会の思いを引き継ぐ竹野のレジェンドとJACSHA、そして平成生まれの若い演奏家たちとの、束の間の共演が叶ったのだった。
4.おわりに:憧れの「ストニコ」を伝承していくこと
民俗芸能を伝承していく過程で、その歌や踊りを真空パック化し、寸分違わない状態で次世代に受け渡すことは至難の業である。特に口承伝承のプロセスでは、その節回しや音程、メロディーラインを微妙に「変容」させていく過程が自然発生的に生じてくる。JACSHAの樅山(もみー)はその伝達手段をバトンに例えて次のように語る。
"伝承されるということは、その時その時で、歌う人の身体も、歌っている場所も違うし、どんどん変容しているんだけども、それでも変容が追いついてこなかったり、伝承が途絶えようとしている時に、「受け取って!」って私たちなりに渡しやすいバトンにする。"(*4)
このバトンを創りだす技術こそが現代を生きるアーティストの真骨頂なのである。「拍のはっきりしない節回し」や「手拍子足拍子」といった民俗芸能特有のリズムは、往々にして属人的な身体感覚に委ねられたものである。これらの、五線譜には容易に収まりきらない土着の感性を、40人のアンサンブルのために、あるいは令和の囃子唄風に編曲していくなかで、アーティストは時に自らが「変換装置」となり、異なる技能や解釈、経験をもつプレーヤーの間に立ちながら、ゆるやかなコミュニケーションをつくりあげていくのだ。
しかし、ここで微細に変容していくのは、伝承される歌や踊り、あるいは次世代の担い手だけではない。重要なのは、そこに関わる芸術家たち自身も変容しているということであり、その芸術家たちの多くは、変容していくプロセス自体を喜びとしているということである。作品づくりのための狩猟採集として地域に入り果実を持ち帰るのではなく、そのまま現場で味見してみたり解体してみたり、助っ人を呼んできたり、地元の人びとも巻き込みながら実験を始めてしまう好奇心にこそ強い共振力が宿るのだろう。
ちなみに、JACSHAのリサーチによると、音の世界特有の曖昧さと多義性を共有する表現手法の真髄は、相撲の呼び出しに登場する櫓太鼓独自のリズム「ストニコ」の精神にあるという。ストニコとはつまり、口伝で用いられる文字譜のひとつで、「トントンストン」のストンよりちょっと長くて不安定な至極の4文字のことを指す。これが入ることで太鼓のリズムに不思議な拍が加わり、拍頭が曖昧になるという。曖昧になることで、あるときはフワッと、あるときはピシッと、演者によって自由度が生まれる。JACSHA曰く「憧れのストニコ」。それは竹野の長老たちが悠然と披露する相撲甚句の節回しやステップの中にも通底する境地だったようだ。相撲聞を通して、改めて注目されたこの即興的な音への向き合い方は、但馬の若者の音楽観をより自由に拡張させると同時に、次なるバトンを生み出す土台となったはずである。
最後に余談になるが、筆者は竹野中学校でのリハーサルに向かう道中、思い立って城崎文芸館に立ち寄ったのだが、そこで奇遇な発見があった。志賀直哉の名作『城の崎にて』の冒頭で、「山の手線の電車に跳飛ばされて怪我をした、その後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた。」とあるように、彼が怪我の湯治のため長らく城崎温泉に逗留していたことは有名な史実である。しかし、この文芸館で筆者が思わず目を見開いたのが、彼が山手線の線路脇を歩いて事故に遭い九死に一生を得たのは、なんと相撲観戦をした帰路のことだったという記述だった。どうも相撲という嗜みは、この城崎の地に、非凡な芸術家たちを呼び寄せてしまうようである。
*1:「ねってぃ相撲」の表記方法は諸説あり、「ネッティ相撲」とする場合もある。
*2:KIACでは、2022年12月に惜しまれつつも解散した「但馬民族芸能応援隊」が所有していた但馬の民俗芸能に関する資料について、元メンバーの方のご協力のもと、コミュニティプログラムの一環として、資料の保管および整理作業を行っている。
*3:野村誠「城崎国際アートセンターへ」『野村誠の作曲日記』2023-07-14
*4:日本相撲聞芸術作曲家協議会(2020)「JACSHAフォーラム2020 Vol.2<地域、訳のわからないものを支援すること>」『JACSHAフォーラム2020 「オペラ双葉山」とは何か』p.11
参考資料:KIACコミュニティプログラムnote「日本相撲聞芸術作曲家協議会『とよおかこども音楽クラブ』」
*2023年の活動内容に関しては、KIAC橋本麻希、JACSHA鶴見幸代による記事を参照いただきたい。
小林瑠音
芸術文化観光専門職大学講師。ウォーリック大学大学院ヨーロッパ文化政策・マネジメント修士課程修了(MA)。神戸大学大学院国際文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。2015年度まで應典院にて、現代美術の展覧会や子どもとアートをつなぐプログラムの企画・運営等を行う。京都芸術大学大学院グローバルゼミ・プログラムオフィサー、奈良県立大学非常勤講師、神戸大学国際文化学研究推進センター学術研究員等を経て現職。専門は英国文化政策、アーツカウンシル史。主著に『英国のコミュニティ・アートとアーツカウンシル:タンポポとバラの攻防』(2023年、水曜社)。