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小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』ワークインプログレス photo by bozzo

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』KIAC滞在レポート④+ワークインプログレス レビュー
「あしたのば、あさってのこと」
髙橋慧丞

2023.10.4

2023年7月19日(水)~8月7日(月)の約3週間、KIACで滞在制作を行った、小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』
参加メンバーの滞在レポートを4回に分けて掲載します。
最終第4回は、髙橋慧丞さんによる滞在レポート&ワークインプログレスのレビューです。
(1)
立つ、ことについての話になるのだと思う。でもそれは結局、座る、ことについての話になるのかもしれない。場所は、劇場ということになる。つまりは、演劇の上演が行われる場所ということになる。私がそこに立ったのは、私がそこに座ることから始まったのだから、私は何年間か座り続けて、ついに立つことになったのだから、立つことについての話をするのに座ることを無視することはできないのだと思っている。いや、そのふたつの行為の差異を、私は本当は、(まだ)うまく言い表せないだけ、なのかもしれない。

(2)
2018年5月13日日曜日。演劇の上演、というものに馴染みも接点もろくになかった私は、かなり緊張しながら劇場へ足を運んだ。場所は東京の仙川で、スペースノットブランクの『ラブ・ダイアローグ・ナウ』という作品だった。Twitterでたまたま流れてきた情報を読んで、面白そうだと思って向かった。観劇後、わけのわからない感情に見舞われた。自分の想定していた演劇、ではない、わけのわからないものを観てしまった戸惑いと興奮があった。言葉にならなかった。それを、自らに知見がないためだと思った。その日を境に、様々な演劇を意識的に観ることを自らに課した。次第に、観劇は生活を支える貴重な趣味になった。
それから5年が経った。
2023年7月19日は水曜日で、2023年8月7日は月曜日で、そのあいだには20日間、つまり480時間分の時があった。兵庫県豊岡市城崎町湯島1062には城崎国際アートセンター(以下、KIAC)という建物があり、2014年の設立以来、例年、滞在アーティストを公募で選出しているのだが、ちょうどその480時間は小野彩加 中澤陽 スペースノットブランクの滞在期間になった。
『言葉とシェイクスピアの鳥』という作品のクリエーションが予定されていた。クリエーションに参加するのは、スペースノットブランクのふたりに加えて、元「クリエーションを前提としたクリエーションを実践しないチーム」のメンバーたちだった。公募によって集まった総勢12名のチームメンバーは1年間互いに存在を意識しながらも、全員が揃って顔を合わせることはなく、2023年7月19日水曜日をもって解散し、城崎で集合すると同時に『言葉とシェイクスピアの鳥』のクリエーションメンバーとなった。
メンバーは、約束通りにそれぞれの言葉を持ち寄って前提とされていたクリエーションを始動するためにその土地に集合した。私もそのメンバーのひとりだった。

3
2023年8月6日日曜日。城崎国際アートセンターのホール、その舞台上で、大石英史が、半円形に並べられた椅子を片付ける。城崎国際アートセンターのホールは、舞台と観客席の間にカーペットが敷かれ、曖昧な境界線を成している。そのカーペットの上には、下手側に2台の長机が向かい合わせに置かれている。大石の抱えるスタッキング式の青い椅子は、舞台後方に10脚、床の上の長机の周りに6脚が設置される。
大石が椅子を動かす間に、客席には徐々に集まってきた観客が座り始める。
この日、18時30分から20時30分までスペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』のワークインプログレスとトークが予定されていた。滞在の成果発表を行うことは、同時に、その滞在の終わりを意味していた。すでにこの段階で深澤しほと中尾幸志郎は城崎を離れていた。そして翌日の8月7日月曜日には全員がこの場を離れることになる。
セッティングを終えた大石は舞台奥上手側に用意した自分の椅子に座り呆然と観客席を見つめ、やがてそこから立ち上がると、舞台を降りてカーペットの上へ移動し、その先にある入り口から会場の外へ顔を覗かせ「すみません お願いします」と言う。
青本柚紀が入場し、大石と握手をする。青本は長机の周りに用意された椅子に座る。
上演の始まりが予感されて観客は身構える。

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』ワークインプログレス photo by bozzo

(4)
2023年7月30日日曜日。私の城崎での生活は始まった。私以外のチームメンバーは既に城崎で滞在生活を送っていた。メンバーはそれぞれの都合に合わせて徐々に城崎に集合した。
着いたのは12時過ぎで、ちょうど全員が食堂で、料理家の太田夏来さんが作った昼食を食べていた。今回の滞在に際して、スペースノットブランクが太田さんを招聘し、メンバー全員分の昼食と夕食を調理していただくことになっていた。私は到着日の昼食は頂かない予定になっていたので、部屋に荷物を置いて、13時から予定されているオープンリハーサルに備えて身支度を整え、再び食堂に戻って、手持ち無沙汰ながら初対面のメンバーに挨拶をしていたか? ふと、置かれていたホワイトボードの受け皿に何かのチラシが置かれているのを発見して眺めていると「それ竹野の花火大会の案内で、今日、やるみたいですよ」という柔和な関西弁が聞こえた。振り返ると大石英史さんだった。
大石さんの優しい案内のままに、私はその日の夜に花火大会に行くことに決めた。
城崎温泉駅からJR山陰本線に乗り、一駅先の竹野駅で下車する。浴衣姿の中高生がたくさんいる。海上花火大会が催される竹野浜に向けてそれらの人の群れが歩いていく。青田亜香里さん、加賀田玲さん、土田高太朗さんと共にその行進に追随して歩く。やがて海岸に辿り着く。コンクリートで舗装された道から砂浜に足を踏み入れようとしたところで、KIACから自転車で山を越えて来た黒澤多生さんが合流する。砂浜の最前列に座って、4人が海に足をひたすのを見たり、会話したりしているうちにアナウンスがかかって、開始が予告される。
花火は、今まで見たこともないぐらい近い上空で、何発も破裂して、綺麗だった。
20代最後の夏休みの始まり、という個人的な言葉をその光景に引き寄せた。

5
この作品の始まりを明言するのは難しい。開演前の状態から「出演者」の大石が「舞台」上で動いていたのだから既に始まっていたのだともいえる。そう、実際に、椅子を動かすという単純な行動が、この作品では印象的な動作として繰り返される。大石はその後、髙橋慧丞を呼び込み、舞台前方に設置されたマイクスタンドの前に2人が立つと前説が行われる。大石は髙橋に客席で待つように指示すると、次いで野間共喜、黒澤多生、青田亜香里、土田高太朗を呼び込み、4人は青本と同じように長机の周りに用意された椅子に座る。6脚用意された椅子は一つの空席を残している。
やがて、椅子の上に立った青田が、ピンクのゴムボールを上空から床に落とすその弾みの音がすると、まるでそれが始まりの合図であったかのように、着席した青田を含む5人が客席には聞こえないほどの声量でぼそぼそと何かを喋り合う。舞台上から5人に対して発せられる大石の言葉から上演がすでに始まっていたのだと意識される。
「ここに 上げろって 言われてて だから 人を上に上げる必要があるんですね で いま 人をここにあげて 還す っていうことをすれば この時間を終わること ができるんです」
大石の発言は、一瞬宙に浮き、迷いながらもそれを受けて喋り始める青田の言葉が2人の間に会話の体を成す。そこで話される内容は「舞台に上がる」ということについての要素を一部分に含んでいるためコミュニケーションを取っているかのように見えるものの、それぞれの前後の文脈から唐突に逸脱するような主張の要素がかなり多い。
この作品は全体にわたって、舞台に上がる/上がらないということを主軸におきながらも、出演者の個々人が勝手気ままに(のように見える)言葉を喋る。それに触発された他の出演者の発言・行動が一部分では連結しながら、やはり身勝手なまま取り残される要素を多分に含んでいる。
一貫しているのは大石の「すみません お願いします」という発言と、舞台上に上がった人間の座っていた椅子を舞台上に配置するという行動だ。
長机の周りの椅子が少なくなると、また舞台上にある座るもののいない椅子を、長机の周りに持っていき、新たに入場してきた出演者が、その椅子に座り、いつしか舞台上に上がっていく。そうした形で出演が可視化され、舞台上に上がった出演者の発言の主題は互いに繋がったかと思えばすぐさま散逸する。綱渡りのような発言・行動の連関が上演を継続させていく。

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』ワークインプログレス photo by bozzo

(6)
竹野の花火大会の日、自転車で山を越えたのは多生さんだけでなく、青本柚紀さんと中尾幸志郎さんも少し遅れて来ていた。砂浜は電波が悪く、携帯で連絡が取れなかったから、うまく合流ができなかった。中尾さんとは花火が終わったあとに会うことができたが、青本さんの姿を確認しないままに終電の迫る電車組は帰路についた。多生さんと青本さんと中尾さんはその後どうにか合流し、縁日でりんご飴を食べたり、手持ち花火をしたりして、ひとしきり遊んでから、遅くに帰ってきたのだということを翌日に聞いた。
青本さんは、街灯のない山道で、遠くの海上の空に打ち上がる花火目掛けて自転車を漕いだ時間のことを、エモい青春アニメの中に迷い込んでしまったようだったと言った。それでだったか、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の話をした。私はそのアニメのオープニング曲Galileo Galilei『青い栞』の「右手にサイダー 左手はずっと君をさがしている」というフレーズが好きだったことを思い出した。青本さんは「あ、エンディングじゃないんだ」と言った。私は一瞬エンディング曲が何だったか考えてしまったが、それはとても有名な曲で、あの花の放送に合わせて解散していたバンドが再結成したこともあって当時も相当な話題になった。じんたん、とか、めんま、とか、記憶の中にある断片的な単語を出して話をしようとしたが、物語の内容についてはほとんど忘れてしまっていた。

7
やがて照明が落とされ真っ暗になった舞台で、後方から垂れ下がるスクリーンに深澤しほが映し出される。深澤は画面の中から舞台上の大石と土田に呼びかけ、手に持つスパイスの香りを表現した言葉を2人に発言させる。映像は当然録画されたものだが、深澤は舞台に垂れ下がるスクリーンに単に投影されているだけではなく、舞台上の生身の出演者とコミュニケーションをとる。それは今まで舞台上で出演者が誰かの話す言葉に反応して話題・行動を連関させてきた動作と何ら違いなく見える。生身の体がないにしろ舞台上にいる出演者たちと対話することのできる存在として深澤は出演している。
このように映像を効果的に使用した演劇はさして珍しいものではないが、注目したいのは、舞台空間が、スクリーンの先の空間をも含むものに拡がっていったかのように意識されることだ。ここに、この作品における「観る」ことのあつかいについて一つの特徴を指摘することができるのではないか。
そのためにスクリーンの使い方についてもう少し詳しくみていく。深澤の映像が終わった直後、青本の指示によってスクリーンに映し出された「幽肌」「虚水」といった常用ではない漢字の組み合わせを加賀田玲が読み上げる場面が展開され、「ニュルる」という言葉に触発されて舞台上で加賀田、黒澤、吉田卓央による新たな場面が展開される。さらにその後吉田は、「健康」「筋肉」「身体」といった言葉を自らの発言と動作に続くようにスクリーンに表示させる。他の出演者は観客と同じように発言者の方を見たり、スクリーンを見たりといった動作を行う。舞台上のスクリーンに「観るもの」があるのは映し出されているのだから当然だが、それを舞台上の出演者が「観るもの」として扱う。ここに行われているのは観客と出演者の意識的な撹拌である。「観られるもの」であるはずの出演者が「観るもの」をまなざす。冒頭から遡及して考えてみれば、出演者同士は常に「観る」「観られる」の関係がシフトし続けていた。彼らは互いに「出演者」であり且つ観客席に座る人々と同じように「観客」なのだ。
舞台芸術の前提である舞台と観客席を隔てるいわゆる第四の壁が、舞台上ですでに崩壊している。その後も、舞台に上がった永山由里恵が舞台中央で観客席に向かって言葉を発していたかと思うと、発言の途中から流れるように体が後方を向いて舞台上の「出演者」=「観客」に同じ調子で語りかけ始める。観客席から髙橋が降りていき、舞台と観客席の中間にある机の周りの椅子に座り永山との掛け合いが行われ、それまでに舞台上に上がっていた出演者は、大石が半円形に設置した椅子に座ってその様子を静かに観ている。
やがて再び客席に戻った髙橋は間もなく大石に誘導されて舞台上に上がる。
中尾幸志郎がきゅうりを両手に持ちながら陽気に踊る様子がスクリーンに映し出され、映像内の中尾と永山の掛け合いが行われ、永山は映像内の中尾からきゅうりを受け取る。他の「出演者」=「観客」は椅子に座りながらそれを観る。

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』ワークインプログレス photo by bozzo

(8)
12名いるチームの全員が揃い、一緒にクリエーションを行えたのはたったの6日間だけだった。深澤さんが2023年8月5日土曜日に城崎を去った。その前日に、KIACの1階の壁にサインを書いていった。慣習として、滞在制作を行なったアーティストは任意の場所にサインを残していくことを許されている。スペノが場所の選定を行い、この場から去る人が順に書いていくことになった。私はスペノを含む何人かのメンバーと共に、灰色のコンクリートの壁に書き付けられる深澤さんの文字を観ていた。『言葉とシェイクスピアの鳥』という文字もその横に並べられたTwitterバードのような鳥のシルエットも深澤さんが書いた。
2023年8月6日日曜日の午前中に城崎を去った中尾幸志郎さんが2番目だった。
全員が城崎を去る前にそこに名前を書きつけ、その中にはもちろん、生活を共にした料理家の太田夏来さんのサインもあった。そして私たちは誰が誰の後に書いただとかそうした順番を正確には知らないがそこには痕跡だけが残った。

9
舞台上には12脚の椅子が並べられている。深澤と中尾の椅子は空席だが等しく並べられている。全員が揃い、上演は間も無く終わる。
中尾の「思い出せない」という言葉と吉田の「健康」という言葉が爆音で連続再生され場内に響く。その音を合図にして1人また1人とスローモーションでラジオ体操第一の「腕を上下に伸ばす運動」を行いながら入口の方へ、野間だけは舞台上手奥に、ゆっくりと体を進め去っていく。残された髙橋と加賀田のやり取りが終わると、加賀田は舞台上手奥に去る。髙橋が他の出演者になりきって上演後に予定されていたトークを足早に終わらせると舞台を降りて入り口から外に去る。舞台上には半円形に並べられた11脚の椅子と少し離れて大石の座っていた1脚の椅子が残される。
スクリーン上にクレジットが映し出され、伴奏が流れ、明確な終わりが意識される。クレジットで自分の名前が表示されると同時に出演者たちが再び入場し、先ほどまで座っていた舞台上の椅子に次々と座る。最後に、野間と加賀田の名前が表示されると伴奏が止み、2人が舞台上手奥から姿をのぞかせ、礼をする。
「出演者」=「観客」たちは拍手をする。

小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』ワークインプログレス photo by bozzo

(10)
食堂での最後の食事は半ば打ち上げめいた雰囲気に包まれた。夜は更け、1人また1人と自室に帰っていった。私も日を跨いだので寝ようと部屋に戻ったが、初めて舞台上に上がった興奮からかうまく寝付けず、野間さんと加賀田さんの伴奏が頭の中でリフレインし続けて、眠気はあるものの、ついに諦めてまだ誰かいないかと食堂に向かった。
青田さんと青本さんと多生さんと加賀田さんと野間さんが団欒を続けていたその輪の中に入って、結局深夜3時ごろにようやく眠れそうな状態になったと思った私は再び離脱した。
部屋のドアを開け、電気をつけると、何かがとても素早い動きで床下を移動した。その速度は身に覚えのある不穏な速度だったが、その影は白かった。ベッドの脇で止まったそれの正体を見定めようと、目を凝らすと、真っ白いヤモリだった。小さな黒い目がキョロキョロとこちらの様子を伺っているようだった。閉じ切られた一つの部屋のはずなのに一体どこから入り込んだのか。私は少し彼に近づき、彼は私から逃げ、さらに近づく私からなおも彼は逃げ、それを何度か繰り返すうちに彼はドアの前までいった。私がゆっくりドアを開けると、彼はその隙間に身を滑り込ませ去っていった。だから彼はもうそこには居なくあるいはその建物のどこかにはまだ居るのかもしれない。
明日私たちはその場を去って、明後日にはそれぞれの生活に戻っていた。その未来を想像するにはいささか眠すぎて、想像したところでほんの数秒先に起こることすら何一つ分かりはしないのだと知っていた。

11
野間が顔を上げると拍手が止み、野間と加賀田が自らの座っていた椅子の前に移動する。他のメンバーも起立し、舞台上の10人が、椅子の前に立って礼をする。会場内のすべての照明がつく。センターマイクを使って青田と野間が入れ替わりにトークの前口上を述べる。小野彩加と中澤陽とKIACの吉田雄一郎さんが半円形の椅子の輪に加わり、トークが始まるが、吉田卓央と大石の寸劇が挟まり、本当にトークに移行したのかまだ上演が続いているのかが、分からない。結局、明確な始まりも明確な終わりもそこにはまだなかったのかもしれない。

(12)
2023年8月7日月曜日。私は東京に戻った。翌々日、自動車の運転をしようとして眼鏡ケースを開けると中身がカラだった。普段は着用していないものの、遠くのものを見定めようとすると必要なほどには視力が悪いので困った。原因を考えた結果、導き出されたのは、どうも眼鏡の本体だけを城崎に置き去りにしてきてしまったらしいということだった。そんな間抜けなことが有り得るのかと半信半疑でKIACに電話をすると探してくれることになり、頂いた折り返しの連絡によれば確かに裸のままの私の眼鏡がまだ城崎にはあった。


髙橋慧丞
会社員。映画美学校 言語表現コース「ことばの学校」基礎科・演習科 第1期生。その同期と作成する合同誌『tele-』vol.3を2023年11月11日土曜日、東京流通センターにて開催される文学フリマ東京37にて販売予定。


小野彩加 中澤陽 スペースノットブランク『言葉とシェイクスピアの鳥』ウェブサイト