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©Madoka Nishiyama

2022年度の「アーティスト・イン・レジデンス プログラム」の公募は、2021年5月1日(土)~6月20日(日)の期間で募集を行い、17か国から63件の応募があり、7月に選考会を開催し、各アーティストへのヒアリングと日程調整を経て、11件のプロジェクトを採択することを決定した。
以下、芸術監督からのメッセージとともに、その選考経緯と各プロジェクトの選考理由について記す。
■芸術監督からのメッセージ
芸術とは、観客へ社会のなかで見えないことにされている問題や、まだ気づかれていない価値を提示し、観客一人一人がそれまでの自分自身や社会の姿を捉えなおす力を持っているはずです。既存の価値観にゆさぶりをかけられた観客はときに混乱し、「不快」を感じることもあるでしょう。しかし「不快」を内包しているからこそ芸術は力を持てるのかもしれません。「不快」を取り除こうとする風潮の強まっている現在、どのように芸術の力を提示できるのだろうか、社会とどう関係を築けばいいのか私自身模索しながら創作しています。
今回選考委員と共に、【社会への応答】【批評的創造性】という軸を掲げて、選考しました。城崎国際アートセンターでどんな滞在制作が行われるのか、そして、その滞在制作中に作品の一端に触れた人々にどのような反応が生まれるのか、楽しみで仕方ありません。


市原佐都子
劇作家・演出家・小説家・城崎国際アートセンター芸術監督




■選考について
応募の特徴
・コロナ禍で先行きが見通しにくい影響からか、大人数のカンパニー等による公演に向けたクリエーションは例年に比べ減少し、変わって少人数でのリサーチやワークショップ、個人のアーティストによるクリエーションといった、比較的小規模なプロジェクトが例年に比べ多くみられた。
・応募数は、2020年度の80件、2021年度の71件と比べると、2022年度は63件と減少しており、特に国外からの応募が減少傾向にあった。反対に国内からの応募数は平年並みであった。

選考委員
これまで選考委員を務めた田口幹也氏(2015年~2020年度/館長)、平田オリザ氏(2014年度/アドバイザー、2015年~2020年度/芸術監督)、佐東範一氏(2014年~2020年度/アドバイザー)の3名が退任し、新たな選考委員として、2021年4月に館長に就任した志賀玲子、芸術監督に就任した市原佐都子、KIAC地域連携ディレクターの橋本麻希、ダンサー・現代ダンス研究の藤田一樹氏の4名が加わった。留任した木ノ下智恵子氏(アートプロデューサー)、相馬千秋氏(NPO法人芸術公社 代表理事)、吉田雄一郎(KIACプログラムディレクター)の3名を合わせ、計7名の選考委員で選考会を開催した。

「2022年度 アーティスト・イン・レジデンス プログラム」選考委員
 市原佐都子(城崎国際アートセンター芸術監督/劇作家、演出家、小説家、Q主宰)
 木ノ下智恵子(アートプロデューサー、大阪大学共創機構産学官連携オフィス 准教授(現:大阪大学21世紀懐徳堂 准教授))
 相馬千秋(NPO法人芸術公社 代表理事、豊岡演劇祭総合プロデューサー)
 藤田一樹(ダンサー、現代ダンス研究)
 志賀玲子(城崎国際アートセンター 館長)
 吉田雄一郎(城崎国際アートセンター プログラムディレクター)
 橋本麻希(城崎国際アートセンター 共同ディレクター(現:地域連携ディレクター))

選考基準
開館から8年目となった2021年度の体制変更に伴い、4月以降、城崎国際アートセンターの役割やヴィジョンについて、芸術監督、選考委員、KIACスタッフで意見交換を重ねてきた。その中で、下記の2点を新たな選考基準として設定。私たちを取り巻く社会や歴史との関わりを批評的に捉え、活動を行うアーティスト、プロジェクトを評価し、採択、支援することとした。

「選考基準」
 【社会への応答】=現在の社会や環境に対して、芸術活動を通してどのような応答がなされているか
 【批評的創造性】=既存の価値や常識を批評的にとらえ、芸術面においてそれらを更新する可能性を有しているか

選考会とスケジュール調整
選考会では、上記の選考基準にもとづき、各選考委員が基準を満たすと考えるプロジェクト、アーティストを中心に議論を重ね、採択候補者を選出。ラインナップ全体として、ジャンル、ジェンダー、地域、内容面でのバランスや滞在スケジュール等にも配慮し、採択候補者を決定した。その後、コロナ禍によって2021年度から延期となったプログラムや主催プログラム、提携プログラムと、公募アーティストの希望する滞在日程を調整するという、実務的なすり合わせを行い、最終的に11組のアーティスト、プロジェクトを採択することを決定した。

■採択プロジェクトについて
日本とフランスを拠点に活動するアーティストのユニ・ホン・シャープは、日本統治時代の朝鮮半島出身の舞踊家・崔承喜についてのリサーチを通して、レクチャーパフォーマンスと、豊岡市近郊の外国人市民を交えてワークショップを開発する。
韓国のアーティスト集団クリエイティブ・ヴァキは、1948年に南北分断が進行する朝鮮半島の済州島で起こった「済州島四・三事件」という歴史的事件をリサーチし、これまで語られることのなかった、事件の被害者や遺族らの声から物語を立ち上げる。
アイデンティティや在日外国人の問題、あるいは自国の歴史的出来事といった、複雑で繊細な社会問題を題材に、既存の舞台芸術の形式にとらわれることのない創作活動を通して、より広い社会の構造や仕組みへと鋭い洞察を向ける点を評価した。

映画監督で俳優の太田信吾らは、城崎の温泉街から失われつつある芸者文化をリサーチし、労働環境におけるヒエラルキーやジェンダーアイデンティティを考察するパフォーマンスを創作する。すでに城崎温泉の元芸者の方から芸事の稽古を受け、パフォーマンス制作と並行して温泉街でのスナック営業を検討している。
アーティストの佐藤朋子は、豊岡で絶滅から保護、そして野生復帰を果たしたコウノトリを中心としたリサーチを通して、人間が生み出した物語と人ではないものたちの視点からレクチャーパフォーマンスを創作する。将来的には複数のレクチャーを制作し、それらをもとにして市内でのフリースクール開設の可能性を探る。
この2つのプロジェクトは、高いリサーチ力と実行力に加え、長期的な視野で芸術表現と豊岡の地域資源の関わりを捉え直す着眼点と、プロジェクトの発展性も評価した。

国内の演劇分野では、自身と父と祖父との3者の関係、そして画家であった祖父の絵画を題材に創作した作品をリクリエーションする池田亮/ゆうめいを選出した。現実と虚構を巧みに組み合わせ、作家自身の個人的な経験を、より普遍性のある物語へと昇華させようとする独自の手法は、演劇表現の可能性を追求・拡張しようとしているように思えた。
国内の舞踊分野では、中川絢音/水中めがね∞による、ダンスの創作環境に対する問題意識から提案された企画の独創性が際立った。単独のカンパニーによるクリエーションではなく、同年代の3組のアーティストの対等な関係にもとづいたコラボレーションによって新作を創作することで、アーティスト自身が自らをエンパワメントしようとする視点は、他の企画にはみられないものだった。

フランスを拠点に活動するアーティストのキム・キドが塚本晋也監督の映画『鉄男』からインスピレーションを受け、身体の変容をテーマに創作するソロパフォーマンスの特異性は、他のプロジェクトとは一線を画すものとして、高い評価を得た。うめき声や衣服などとともに、奇妙に変容し続ける身体や独自の舞踊言語を探究したパフォーマンスは、日本の舞台芸術シーンに紹介する必要性を強く感じさせるものだった。


微細な動きのみによる「上演」を、観客の有無にかかわらず2017年から毎日実施している武本拓也は、これまでの5年間の実践を経て生まれつつある自身の方法論を言語化するためのレジデンスを行う。その活動の独自性に、芸術表現としての価値を見出すことが出来たことに加え、城崎・豊岡で「上演」を日常的に行うことで、アートセンターの新たな活用の可能性を提示することにも期待している。
アルゼンチンを拠点に活動するマリーナ・サルミエントとエリザ・ガリアーノのパフォーマンスデュオは、コロナ禍における都市封鎖下で発想した実験的なリサーチプロジェクトを展開。豊岡市内外でのフィールドワークを通して異文化との出合いを目的に、分野を横断した活動を展開する。
ともに、「創作→発表」という、一般的に考えられる舞台芸術のシステムとは異なる発想のもと、日常生活を送る場所でもあるアーティスト・イン・レジデンスの仕組み自体をプロジェクトとして活用しようとする点に可能性を見出した。

フランスを拠点に活動するフランソワ=グザヴィエ・ルイエと竹中香子の2人は、観客自らが出演者となり、その語りによって構成される、実験的な演劇形式のモデルを、2度に分かれるレジデンスを通して地域の参加者とともに創作。その後、日仏両国を中心としたさまざまな地域で創作と上演を計画している。
おなじくフランスを拠点に活動するデルフィン・ランソンと間宮千晴の2人は、2021年にフランスで初演した子どものための参加型舞台作品を、日本でのツアーを見据え、豊岡の子どもたちとのワークショップや意見交換を通して、日本語版としてリクリエーションする。
ともに、プロジェクトや作品自体の独創性と、将来的な展開の可能性を評価したと同時に、滞在制作であることの特性を活かして、創作過程に地域の方々を巻き込むことによる市内における波及効果にも期待している。

以上、11組のアーティスト、プロジェクトを「公募プログラム」として採択することとした。

■その他、公募以外のプログラムについて
上記、公募プログラム以外では、下記のプログラムの実施を予定している。
主催プログラム:
 ・KIAC芸術監督の市原佐都子/Qによる2023年に発表予定の新作のクリエーション
 ・山陰海岸ジオパークや但馬地域の民俗芸能など、豊岡の地域資源についてのリサーチプロジェクト
延期プログラム:コロナ禍で2021年度から延期ととなったプログラム
 ・クリエイティブ・ミュージック・フェスティバルによる参加型の合宿プログラム
 ・台湾のウーカン・チェンとレイ・サンによるコラボレーション企画
 ・平原慎太郎/OrganWorksによる新作のクリエーション
提携プログラム:国内外の芸術団体等との連携によって実施するプログラム
 ・豊岡市近郊で開催される舞台芸術祭「豊岡演劇祭」のプログラム
 ・京都市の国際舞台芸術祭「KYOTO EXPERIMENT」との連携
 ・コンテンポラリーダンスフェスティバル「ヨコハマダンスコレクション」との連携
 ・ヨーロッパを拠点とする若手振付家のためのネットワーク組織「AEROWAVES」との連携
 ・イタリアのアーティスト派遣組織「Crossing the sea」との連携 

■運営について
豊岡市が運営する舞台芸術のアートセンターとして、KIACは主に以下の2つの役割を担っている
 ・国内外の舞台芸術関係者に創作環境を提供し、その芸術活動を支援することで、優れた作品を発信していくこと
 ・アーティストと地域のさまざまな人や資源、芸術分野と他の分野を結ぶことで、豊岡・但馬地域の芸術文化活動と経済活動を促進していくこと
この役割を果たしていくため、以下の点を意識した事業運営を行っていく。

地域連携ディレクター職新設
昨年10月、地域連携ディレクター職を新設し、アーティストと但馬・豊岡の地域や人をつなぐ体制を強化した。これにより、館長、芸術監督、プログラムディレクター、地域連携ディレクター、コーディネーター、テクニカルスタッフ、総務部門が密に連携してKIACを運営していく。

国内外の芸術等他機関とのネットワーク構築
昨年4月開学の芸術文化観光専門職大学の学生の実習受け入れ、豊岡演劇祭との事業連携をはじめ、山陰海岸ジオパーク推進協議会事務局や観光協会など、国内外の芸術等他機関や地域団体とのネットワーク構築を促進していく。

コロナ禍による影響
人流抑制が求められ、国際渡航も制限される中、他地域からアーティストを受け入れ、創作や地域交流を支援する「アーティスト・イン・レジデンス」の活動は大きな影響を受けている。KIACも2020~2021年度のプログラムは、多くの変更と制限を余儀なくされたが、ウイルス対策など安全管理を徹底し、オンラインなどの方法を活用しながら活動を継続させてきた。2022年度も影響は避けられそうにないが、所管する豊岡市とも連携し、臨機応変に対応していく。

新体制2年目としての2022年度
コロナ禍により依然として難しい判断を強いられる状況が予想されるが、このような状況だからこそ、選考基準としてアーティストに求めた【社会への応答】【批評的創造性】の2点を、KIAC運営を担う我々自身にも改めて問うていきたい。従来の方法や既存の価値に固執せず、社会の状況を見極めながら柔軟に対応していくことが、アーティストだけでなく、我々自身にも求められていると考えている。



2022年1月28日
城崎国際アートセンター