ARTICLES記事

Art Direction & Design: 堤拓也

芸術監督からのメッセージ

今年度はKIACに過去に滞在したことのないアーティストを中心に、可能性未知数の新進気鋭アーティスト、挑戦的なコラボレーション、ジャンルを横断して活動するアーティストたちを選出しました。KIACコミュニティプログラムは3年目となり集大成の年です。また、昨今問題視されているハラスメントの問題についてアーティストと共に考え健全な創作環境の創造に努めていきます。
世界は混迷を極めています。「自分には何もできない」と無力感を持っている方もいらっしゃると思います。私自身、作家としていま何をつくればいいのか分かりません。しかし、このような世界だからこそ芸術は必要なのだと信じています。作品を通して、答えのない問いを考え、分からないことを想像し続けることが、この混迷する世界と対峙するのに必要なことではないでしょうか。滞在アーティストの創作過程を見ていただける地域交流プログラムを頻繁に開催しています。毎回意欲的に参加してくださる市民の方々に私たちは勇気づけられています。もっとたくさんの方々に出会いたいと思っています。今まで考えなかったことを考え、他人の想像力に触れて自分の想像力が豊かになる体験は喜びでもあります。ぜひ、ホームページやSNSをチェックのうえ一度KIACにお越しください!

市原佐都子
劇作家・演出家・小説家・城崎国際アートセンター芸術監督
「生きるための技術を養う場」

城崎国際アートセンター(KIAC)は2014年4月に開館し、2024年度は10周年の節目の年に当たります。
KIACは、人や社会と向き合い、各々の方法で芸術表現を追及しているアーティストたちが城崎に一定期間滞在し、作品創作やリサーチ、交流を行うアーティスト・イン・レジデンス(AIR)と呼ばれる取り組みを行っている豊岡市の施設です。
これまでに22か国・地域から205組のアーティストを受け入れてきました。
KIACの扱う「アート=art」の語源は、ラテン語の「ars」で、これは「生きるための技術」を意味しています。同時代の優れたアートは、複雑な現代の社会でよりよく生きる方法を考えるための手掛かりや勇気を、私たちにもたらしてくれます。KIACはそのような「アート/芸術=生きるための技術」を養う場です。


アーティストたちは国内外のさまざまな場所からやってきて、見ず知らずの他者として一時このまちに暮らします。そこでは、創作活動以外でもさまざまな交流が起こります。
買い物に出かけたお店で何気ない会話を交わしたり、温泉の入り方が分からずに困っているときに親切に教えてもらったり、訪れた飲食店で一緒に楽しい時間を過ごしたり、滞在アーティストのお子さんと地域の子どもたちが仲良くなったり。
これらは、遠くから自分たちのまちに来てくれた訪問者たちへの豊岡の方々のおもてなしの心であり、訪れた土地の文化や習慣を学ぼうとするアーティストたちの謙虚な姿勢であり、その交流のあらわれです。
このように、私たちはAIRという取り組みを通して、物質的な価値を超えた、人と人との精神的な交流を目にすることができます。滞在するアーティストも受け入れるまちの方々も、異なる背景を持つ他者として互いに尊重し合うことで、ともによりよく過ごすための技術を交換し、養っていると言えるのです。それは城崎というまちの持つ共存共栄の精神とも通じるものです。

この10年の間に、私たちの社会はさまざまな出来事を経験しました。震災があり、コロナ禍があり、戦争や紛争があり、また震災が起こりました。豊岡市では演劇祭が始まり、県立の専門職大学が開学しました。10年前には想像もできなかったような大きな変化です。しかし、そのような大きな出来事や変化の傍らで、見ず知らずの他者として出会ったアーティストと豊岡の方々との間には、小さくても豊かな心の交流が起こっていることをここに記しておきたいと思います。
これまでさまざまな形でKIACの事業にご協力、ご参加いただきました皆様に改めて御礼を申し上げます。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。

城崎国際アートセンター




【公募プログラム】
■公募について
2023年5月8日(月)~6月26日(月)の期間で募集を行い、27か国から79件の応募があり、8月に選考会を開催し、各アーティストへのヒアリングと日程調整を経て、11件のプロジェクトを採択することを決定しました。

■選考委員
「2024年度 アーティスト・イン・レジデンス プログラム」選考委員

市原佐都子(城崎国際アートセンター芸術監督、劇作家、演出家、小説家、Q主宰)
内野 儀(学習院女子大学 教授、パフォーマンス研究)
高嶺 格(美術家、多摩美術大学 教授)
藤田一樹(ダンサー、現代ダンス研究)
志賀玲子(城崎国際アートセンター 館長)
吉田雄一郎(城崎国際アートセンター プログラムディレクター)
橋本麻希(城崎国際アートセンター 地域連携ディレクター)

■選考基準
【社会への応答】=私たちが生きる現在の社会や環境に対して、芸術活動を通して何らかの応答がなされているか
【批評的創造性】=既存の価値や常識を批評的にとらえ、芸術面においてそれらを更新する可能性を有しているか

■選考会と日程調整
選考会では、上記の選考基準にもとづき、各選考委員が基準を満たし採択すべき、もしくは議論すべきと考えるアーティスト、プロジェクトを事前に選出し、その評価をもとに全員で全ての申請者に関して議論を重ねました。
その中で、まず全体から高い評価を得たアーティスト、プロジェクトを採択候補者として選出しました。次に、ラインナップ全体のバランスを考慮し、演劇・ダンス・音楽・その他の分野ごとに議論を重ね、芸術監督からのメッセージにもある通り、過去にKIACに滞在したことのないアーティストや、未知の可能性を秘めたアーティストを積極的に採択するという方針のもとに採択候補者を選出しました。
選考会終了後、主催プログラム、提携プログラムと、公募プログラムの採択候補アーティストの希望する滞在日程を調整するという、実務的なすり合わせを行い、最終的に11組のアーティスト、プロジェクトを「公募プログラム」として採択することを決定しました。

■採択プロジェクトについて
=====
吉田 萌
『ヴァカンス』上演に向けたリサーチ・プロジェクト

マレビトの会や関田育子らの作品に俳優として参加し、自らも演出家としても活動する吉田萌による新作のリサーチ。都市生活と観光のように、現在と過去/未来、現実と想像など、異なる二地点を行き来する身体のあり方を「ヴァカンス的身体」と定義し、温泉街でのフィールドワーク、戯曲執筆、俳優との協働作業を通して作品を立ち上げる。

瀧口 翔 + マルセロ・エヴェリン
共鳴の装置(仮)

ダンサー・音楽家・音響デザイナーの瀧口翔とブラジルの振付家・パフォーマーのマルセロ・エヴェリンによるコラボレーション。日本とブラジルー地球の反対側に位置する国のアーティストが、ポルトガル語で「対蹠地・正反対の」を意味する〔antipoda〕という空想上の生物に、2人の対照的な関係性を重ねて生み出すデュオダンス作品。

マキシム・キュルヴェルス
OKINA

演劇の形式や歴史への関心を起点に批評性に富んだ作品を立て続けに発表するフランスの気鋭の演出家マキシム・キュルヴェルスが、日本の伝統芸能についてのリサーチに基づいて創作する新作。俳優の板橋優里や翻訳家の平野暁人らと協働し、能の中でも特別な演目『翁』に、落語を想起させる語りを用いてアプローチを試みる。

松本奈々子・西本健吾/チーム・チープロ
『河童のひと Kappa Man』のための「水辺と変身」をめぐるリサーチプロジェクト

固有の土地や歴史についてのリサーチをもとに創作活動を展開するパフォーマンス・ユニット、チーム・チープロの松本奈々子と西本健吾による新作の滞在制作。「水辺」や「河童」にまつわる伝承・遺跡・地形・記憶・祭りのリサーチを経て構成されるテキストをもとに、「妖怪」へと変容する身体・踊り(=yokaibody)を開発する。

上田久美子
「プロジェクト・プネウマ(仮)」クリエーション

宝塚歌劇団で数々の話題作を世に送り出した演出家の上田久美子が、独立後のフランス研修を経て、アーティストとしての新境地開拓に挑む。豊富な経験と多様な背景を持つパフォーマーらと協働し、虫や微生物、植物といった、さまざまな生命が有するそれぞれの時間を並列的に描くことで、ヒトの時間やドラマを相対化させる。

アイラ・メルコニアン/The Rubberbodies Collective
Blood Thirsty

マルタ島とアムステルダムを拠点に活動するウクライナ人アーティストで生物学者のアイラ・メルコニアンが、女性ホルモンや血液についてのリサーチをもとに取り組む領域横断的プロジェクト。その生理機能や現代における社会的意味を、レクチャー・パフォーマンスやインスタレーションとして国境を越えたフェミニズムの視点から問いかける。

ニール・ラック
Kinosaki Rustic Experiences

ロンドン拠点の作曲家でアーティストのニール・ラックによる、人間の「知覚」にまつわる実験的プロジェクト。都市部から離れた自然の中でのフィールドワーク、集団でのリスニングやウォーキングといったアプローチで展開する活動は、サウンドや写真、テキスト、イラストとして記録され、参加型パフォーマンスウォークへと結実する。

エロワ・オルタンス・ンダ/Para-l’Elles
Le Palmier

コートジボワールの振付家・ダンサーのエロワ・オータンス・ンダによる、病気や孤立といった自身の過酷な実体験をもとに創作中のソロ作品のクリエーション。「ヤシの木」を意味するタイトルが物語るように、生命の力強さや儚さを身体を通して表出することを目指す。滞在中には自身の活動を共有するダンスワークショップも実施する。

早川葉南子 + 森下 瑶
hybrid

ともにヨーロッパでダンスを学び、ダンサー・振付家として活動する早川葉南子と森下瑶によるコラボレーション。アジア人女性アーティストとして現在もヨーロッパを拠点にする二人が、それぞれの歩んできたキャリア、触れてきた文化や環境によって形成されたアイデンティティを交差させて生み出すダンスパフォーマンス。

ボーハールト/ファン・デル・スホート(BVDS)
How to be healthy in a sick world?

アムステルダムを拠点に領域を横断して活動するアーティスト・ユニット、ボーハールト/ファン・デル・スホートが舞踏や妖怪に関するリサーチを通して創作する新作のためのレジデンス。トラウマや病気といった一見ネガティブなモチーフを手掛かりに、さまざまな課題を抱える現代の「病める」社会に応答するパフォーマンスを構想する。

日野浩志郎 + 古舘 健 + 藤田正嘉 + 谷口かんな + 前田剛史
Phase Transition II

作曲家の日野浩志郎、メディアアーティストの古舘健、ヴィブラフォン奏者の藤田正嘉、打楽器奏者の谷口かんな、太鼓奏者の前田剛史ら5人のコラボレーション。『Phase Transition』(2023)を発展させ、大きな打楽器群や立体音響を駆使して、劇場空間でこそ実現可能な楽曲を創作し、試演とレコーディングを行う。
=====
以上、11組のアーティスト、プロジェクトを「公募プログラム」として採択しました。

【公募以外のプログラム】
公募プログラム以外では、以下のプログラムを予定しています。
=====
■主催プログラム
KIACレジデンス・セレクション2023→24(仮)
年間を通して、アーティストのリサーチや作品創作、地域交流を支援しているKIACが、これまでに滞在制作を行ったアーティストの作品発表の機会を創出し、広くその成果を共有するプログラムの第二弾。2023年度にKIACで創作された中から、テーマに沿って作品を選定し、豊岡演劇祭2024の会期に合わせて上演する。

KIACコミュニティプログラム2024
滞在アーティストをはじめとするプロジェクトメンバーが豊岡のさまざまな文化や自然をリサーチし、人々との交流を通して創作を行う3年継続プログラムの最終年。
文集『万年青(おもと)』を手がかりに竹野町を歩き、人々の言葉や記憶、風景を拾い集めて物語を紡いできた美術作家の太田奈緖美
子どもたちと市内に残る民俗芸能をリサーチし、新しい楽曲を作曲してきた日本相撲聞芸術作曲家協議会(JACSHA)
現地取材をもとに竹野町の風土を映像に記録した映画作家の波田野州平
3組それぞれの視点と手法で捉えた地域の姿を、テキスト・音楽・映像・写真などのメディアとして保存し、共有と活用の可能性を探る。

■提携プログラム
国内外の芸術団体等との連携によって実施するプログラム
contact Gonzo + TS Crew
Building a bridge(仮)

武術とスタントに共通の関心と背景を持つ2組の男性パフォーマンスユニット、contact Gonzo(日本)とTS Crew(香港)が、香港の西九龍文化区の委嘱で行う新作のリサーチ滞在。「橋を架ける」というテーマで、その社会・政治・経済・技術などの多面的な文脈を、世界における人間の空間的・時間的干渉と関連づけて探求する。

市原佐都子
新作クリエーション

人間の生と性に関わる違和感を大胆かつ緻密に描く劇作家・演出家で、KIAC芸術監督の市原佐都子が『妖精の問題 デラックス』(2022年)に続いて、ロームシアター京都のシリーズ「レパートリーの創造」として取り組む新作。韓国・ソウルでのフィールドリサーチを経て書き下ろす戯曲をもとに、俳優たちとのクリエーションを行う。

■その他のプログラム
・芸術文化観光専門職大学の劇場プロデュース実習の受け入れ
・豊岡市近郊で開催される舞台芸術祭「豊岡演劇祭2024」のプログラム
=====

以上17組のアーティスト、プロジェクトによるレジデンスプログラムと、それらに関連するプログラムを実施します。
開館10周年の節目の年を迎える城崎国際アートセンターの活動にご注目いただければ幸いです。

2024年3月6日
城崎国際アートセンター